恋のひよこ





ぶっちゃけ、俺は井上をかなり意識している。

そして更にぶっちゃけると、女を意識したのはこれが人生初のことで、どうしたらいいのかが分からない。

ただ、俺が「勉強を教えてくれ」とか、「修行したいから付き合ってくれないか」とか、「ちょっとそこまで虚退治に行こうぜ」とか、いかにも高校生らしい健全な理由をつけてさりげなく井上をデート(みたいなモン)に誘えば、いつだってアイツは笑顔で答えてくれて。

アイツだって、大量の廃棄パンをウチに届けてくれたりするし、本の貸し借りも頻繁にしてて。

…これって、少なくとも嫌われてねぇよな、悪い雰囲気じゃねぇよな…なんて、自惚れてたんだ。

けれど井上を意識すればするほど、石田のヤツももしかしたら井上を…なんて考えが、頭をもたげ始めた。

石田は、井上にだけ妙に優しい(気がする)。
更に、二人とも頭がよくて、手芸って趣味も共通している(ぬいぐるみ作ってる石田は想像したくもないが)。
しかも、「石田」と「井上」で名簿は続き番号。(お笑い好きな井上が「石田くんと私なら、丁度いい位置のお笑いコンビと名前が一緒だね!」なんて言い出したら、名字が「黒崎」な俺に勝ち目はない。)
…そして極めつけ、石田と井上が二人で読んでいた「ひよこ○ラブ」。

「…だから、高校生だっつーの!」

壁際でぐしゃりと潰れた枕に、今度は踵落としを食らわせる。

だって、あれだろ?

俺だって詳しくは知らねぇけど、「ひよこ○ラブ」っていわゆる赤ん坊の育て方の乗ってる雑誌だろ?!
どう考えたって、高校生には無縁じゃねぇか!

そう、もし縁があるとするなら、例えばそれは井上のお腹に…。

「ない!ないないない!絶っ対あり得ねぇっ!」

頭をちらりとよぎった自分の考えを打ち消す様に、思わず大声で叫ぶ。

ない、それだけはない!

あの真面目で純粋で天然な井上が…!

「赤ちゃんはダチョウがアフリカから走って運んでくるんだぜ」って言ったら高3にして本気で信じそうな井上が…!




…けど…。

ベンチで石田と話す井上を思い出す。

笑顔で話していたかと思えば、急に深刻な顔になったアイツ。
しかも話し相手は、たつきでも俺でもなく、石田。

…やっぱり…井上と石田は…?

「ああ畜生!わっかんねぇっ!…って、うおおっ!」

俺が頭をバリバリっとかきむしってベッドの上で暴れていれば、突然ポケットで震動するスマホ。
反射的にヘンな声を上げちまった俺は、自分の格好悪さに舌打ちしつつスマホを取り出し、次の瞬間目を見開いて固まった。

なぜなら、そこに出ていたメールの送り主の名前が井上だったからだ…。








「黒崎くん、お疲れ様~!」

次の日。

昨日のメールで約束したとおり、俺は授業後井上のいる教室にやってきた。

ただ、終業のチャイムと同時にけたたましく鳴った代行証。
虚退治を終えた俺が慌てて学校に戻れば、ほとんどの生徒は帰った後。

井上はたった1人で教室の自分の席に座って俺を待っていた。

「…おう。悪いな、待たせちまって。」

結局、昨晩はずっと頭の中でピヨピヨと踊るひよこと格闘していた俺。

なのに井上は、いつもと全然変わらない。
長いこと待たせた俺に、極上の笑みを返してくれて。

「ううん!全然大丈夫だよ!」

そう言う井上の机には、俺を待っていた間に進めていたのだろう、裁縫道具や布地が広げられている。

「…何やってたんだ?」

井上の前の席に腰を下ろしつつ俺が何気なくそう聞けば、井上はにこっと可愛らしく笑って答えた。

「えっとね、スタイを縫ってたの!」

…は?

思わず返す言葉に詰まる俺。
…すたい?
「すたい」って、何だ?

俺の辞書にはない単語に、どうしたらよいのか分からず固まる。

井上はそんな俺の気持ちを表情から読み取ったのだろう、手元にある作り方と完成品の写真の載った雑誌を俺に見せた。

「これだよ、黒崎くん!」

井上の見せてくれた雑誌を覗けば、そこにはかわいいひよこ柄の…

「…よだれかけ?」
「そう!赤ちゃんのよだれかけのこと、スタイって言うんだよ!」
「へえ……って、へえぇっ?!」

井上の台詞を聞いて、一瞬納得しかけて、その次の瞬間に裏返った声で叫ぶ俺。

な、なんで井上が赤ん坊のよだれかけを作ってるんだよ?!

俺の驚きには気付かず、井上はニコニコとして続ける。

「あと2ヶ月だからね、頑張って作らなくちゃと思って。」

に、2ヶ月ぅ?!

驚愕し、思わず凝視する井上のお腹辺り。

…い、いや、落ち着け俺。別に膨らんでねぇぞ?
制服だって普通に着れてるし…。

あ、でも胸は心なしか前より更にデカくなってる気が…。

あれこれ考えながら井上の身体をガン見する俺。
井上は変わらず笑顔だったが、急に真剣な顔になった。

…そして。

「黒崎くん…子供は、好きですか?」



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