とある男子中学生のフクザツなデート
電車を下りて、水族館までは徒歩。
僕の2mぐらい前を、キャッキャッとはしゃぎながら手を繋いで歩く遊子ちゃんと織姫さん。
ああしていると、本当に姉妹みたいだな…なんて思いながら、2m以上離れない様に小走りで歩く。
だってこれ以上離れたら、僕の隣を憮然として歩く一護さんと二人きりになってしまう。
それだけは御免だ。
「あっ!見て、水族館!」
「やったぁ!着いたあ!」
見えてきたのは、大きな水族館。
…と同時に、遊子ちゃんと織姫さんが待ちきれないと言わんばかりに猛ダッシュ。
「わわ、待ってよ遊子ちゃん!」
「待て、井上!走るな!」
お、置いていかれる!
そんなの嫌だ!
慌てて走り出す僕と一護さん。
そしてチケット売り場手前で僕は遊子ちゃんの手を、一護さんは織姫さんの手を掴んだ。
「馬鹿、勝手に行くなって!」
「そ、そうだよ、遊子ちゃん!」
息を切らせてそう言う僕達に、遊子ちゃんと織姫さんはあっけらかんとしと笑う。
「ごめんね黒崎くん、ついつい…。」
「佐藤くんもごめんね一。」
えへへ~っと笑いながら顎をかく仕草までそっくりな二人。
もう、こっちは一護さんにびくびくしっぱなしなのに…。
それでも、表情から僕の不満に気付いたらしく、遊子ちゃんはにっこりと笑って。
「本当にごめんね!じゃあ離れない様にこうしよう!」
…そう言って、僕が掴んでいた手を一度ほどき、改めてきゅっと繋ぎ直した。
「……っ!」
瞬間、僕の顔がぼっと火が吹いた様に熱くなる。
ばっと顔を上げれば、頬を染めて、ちょっとモジモジしている遊子ちゃん。
か、可愛い…!
うん、そうだよな。
あくまでもこれはデートなんだし。
これなら一護さんと並んで歩かずに済むし…?
そう考えてぎゅっと手を握り返せば。
……じーっ……。
…背中に感じる視線。
振り返らなくても分かる。
今、一護さんにすっごい見られてるっっ!
も、もしかして遊子ちゃんと手を繋いだこと、怒ってるのかな?!
でも、「やっぱり止めよう」なんて言ったら、遊子ちゃん傷付くよなぁ…。
「どうしたの?佐藤くん。」
「へ?!なな、何でもないよ!…じ、じゃあ、チケット買おうか?」
しどろもどろでそう言えば、何も知らず無邪気に笑う遊子ちゃん。
僕は悩んだ挙げ句、チケット売り場に並んでいる間中ずっと、後ろから突き刺さる視線に耐え続ける道を選んだ…。
「…わぁ、すごーい!綺麗だね、佐藤くん!」
「うん。」
トンネル状の大水槽。
僕はきらきらと輝きながら泳ぐ幻想的な魚の群れを遊子ちゃんと二人で見上げた。
…結局。
あの後も僕と遊子ちゃんはずっと手を繋いだまま、水族館を歩いている。
こっそりと後ろを振り返れば、一護さんと織姫さんも手を繋いでいて。
僕達としていることは同じなのに、二人は随分大人っぽく見えて何だかドキドキした。
「…良かった。お兄ちゃん達も、仲良くしてるね。」
気がつけば、遊子ちゃんもこっそり後ろを見ていて、僕の耳元で嬉しそうにそう囁いた。
「…遊子ちゃんは、いいの?その…。」
僕は言葉の続きに詰まって、ゴニョゴニョと誤魔化す。
以前、遊子ちゃんは呆れるくらいの「お兄ちゃん子」なんだって、部活の時に夏梨ちゃんから聞いていたから。
そのお兄さんが織姫さんとああして手を繋いでいるのって、どうなんだろう…そう思ってしまったんだ。
でも、遊子ちゃんは僕の言いたいことを察したらしく、僕の心配を払拭するかの様に笑って見せた。
「…多分ね、お兄ちゃんが連れてきた『彼女』が織姫ちゃんじゃなかったら、ショックだったと思う。」
そう言って、今度は織姫さんをちらりと振り返る。
「…でもね、織姫ちゃんならいいんだ。私も織姫ちゃん大好きだもん。織姫ちゃんがいつか本当に家族の仲間入りしてくれたらな…って、そう思うよ。」
その遊子ちゃんの話を聞きながら、「織姫さんは亡くなったお母さんにどこか似てるんだ」って夏梨ちゃんが教えてくれたことを思い出していた。
「あと…ね。」
「あと?」
問い返す僕に、遊子ちゃんははにかんだ様に笑って。
「佐藤くんがいてくれたから…寂しくなかったんだ。だから…ありがとう。」
そう言って、繋いでいた手をきゅっ…て強く握った。
「ゆ、遊子ちゃん…。」
その表情に、仕草に思わず僕はドキリとして、どうしていいのか分からなくなって。
「…えーと…あ、もうすぐイルカショーの時間だね!い、行こうか!」
そう言って、勢いよく遊子ちゃんの手を引っ張って歩き出した。
「…うん、行こう!」
繋いだ手をブンブン振って歩いて、二人で顔を見合わせてふふって笑って。
僕らはまだ中学生だから、「お付き合い」とか正直よく分からない。
だけど、遊子ちゃんとこんな風に楽しくいられたら、それでいい。
…そう思った。
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