とある男子高校生のフクザツな1日
《とある…エピローグ》
「…井上?!」
「えへへ…きちゃいました。」
例によってバイト先の大量のパンを土産に、井上がウチに来た。
いや、別にそれはいいんだけど、井上の左腕に巻き付いているのは。
「遊子ちゃんがバイト先まで遊びに来てくれてね、誘ってくれたから。突然で悪いかなぁとも思ったんだけど…。」
「全然悪くないよ!私が織姫ちゃんに来て欲しかったんだもん!ささ、上がって!」
絡めた左腕をそのまま引っ張る様にして、遊子が井上をリビングに上げる。
「ほら、お兄ちゃんもせっかく可愛い彼女が来てくれたんだから、ぼーっとしてないで!」
やたら張り切った遊子が今度は俺の手を引っ張り井上の隣に座らせると、飲み物を淹れるべくパタパタとキッチンへ走っていった。
「…ごめんね、迷惑だった?」
「いや…そうじゃなくて…。」
冴えない顔の俺を、井上が申し訳なさそうに覗き込む。
いや、井上がパンを土産にウチに来るのは珍しいことじゃないし、妹達だって井上にはなついているけど。
…遊子が、井上をわざわざパン屋まで迎えに行った…なんてことは初めてで。
しかもついこの間、あんなことがあった後だし…。
「…考えすぎか?」
「ほえ?」
隣できょとんとしている井上が、思い出した様にテーブルにパンを並べ出すと同時に、遊子が飲み物を持ってキッチンから戻ってきた。
「お待たせしました!…わ、美味しそう!」
「沢山あるから、好きなの食べてね!」
こんなに廃棄パンが出て大丈夫なのか?この店…。
そう思いながらも有り難くパンに手を伸ばす俺の横では、井上と遊子が嬉しそうに談笑している。
なんて言うか、今まででも仲はいい方だったと思うけど…妙な連帯感みたいなのを感じるのは俺だけか?
そう内心思いながら、暫くは二人の他愛ない会話に耳を傾けつつ、パンを口に運ぶ俺。
けれど、パンを1つ食べ終わったところで、急に遊子がモジモジし始めた。
「…何だ?遊子。」
ほらな、やっぱり井上を連れて来たのは何か理由があったんだ。
予想的中…と思いながら、アイスコーヒーを口にする。
「…あの、えっとね…。」
「なぁに?遊子ちゃん。」
少し顔を赤くして下を向いている遊子に、井上がふんわりと促す様に問い掛ける。
それに背中を押されたのか、意を決した様に遊子が顔を上げた。
「…あのね、ダブルデートしてほしいの!」
「…ぶっ!」
口に含んだコーヒーを危うく吹き出しそうになる俺。
「…ダブルデート?」
小首を傾げる井上に、遊子がこくこくと何度も首を縦に振っているのが、むせて苦しむ俺の目に滲んで見えた。
「それって…黒崎くんと私と、遊子ちゃんと佐藤くんの4人でっ…てことかな?」
「う、うん…駄目かな…。」
顔色を伺う様に俺と井上を交互に見る遊子に、井上がにっこりと笑って見せた。
「全然駄目じゃないよ。でも、どうして?」
「あのね、私達まだ中学生だし、デートしたくても行動範囲に限界があるっていうか…。お兄ちゃん達と一緒なら、多少遠くへ出掛けても大丈夫でしょ?」
「そっかぁ、遊園地とか水族館デートとか、憧れるよね!」
井上のその台詞が、何気に俺に突き刺さる。
…悪い、まだどっちも連れてってねぇ…。
「あとね、その…この間、お兄ちゃんと織姫ちゃんが一緒にいるのを見た時、何だか『大人の恋人同士』って感じで…いいなぁって。そういうのも勉強したいというか…。」
「え?あはは、そんなことないよ!実際に年上だからそう見えただけで!私達もまだまだ初心者ですから!」
井上が照れたようにパタパタと手を振る。
「でも、そういうことなら…いいよね、黒崎くん!」
「…は?!」
満面の笑みで俺に了承を促す井上。
「ちょっと待て」と言うその前に、遊子もまた目をキラッキラ輝かせて叫ぶ。
「本当に?!ありがとう、織姫ちゃん!」
「ダブルデートって何だか楽しそうだし。賑やかでいいよね。」
「じゃあ、日にちとか、行き先とか決めようよ!あ、良かったら織姫ちゃん、ウチで夕食もどうぞ!」
「え?そ、そんな悪いよ…。」
完全に俺を無視し、キャッキャッと盛り上がる井上と遊子。
…いや、ちょっと待てよ井上サン。
俺ら、まだ正式なデートとかしたことないのに、初の遠出デートがコブツキ…ってどうなんだ?
しかも、デート中に井上とイチャつこうにも遊子の目が常にある訳で。
更に言うなら遊子と佐藤くんが仲睦まじくしてるのを1日見てなきゃいけない訳だよな?
…それ、俺にとって楽しいか?
いや、「佐藤くん」も1日俺にビビりながらのデートになるんじゃねぇの?気の毒じゃね?
色々言いたいことは山積みなんだが、目の前の二人がハイテンション過ぎて何も言えない。
俺のフクザツな日々はデートへと続く…らしい…。
(2013.07.01)