とある男子高校生のフクザツな1日
…そうして。
どのくらい時間が経ったのだろうか。
心地よすぎて微睡みかけていた俺の耳に、遠くからティン、ティン…と何かが跳ねる様な音が響いてきた。
それは次第にこちらに近付き、俺の横に「ポスッ」と音を立てて着地する。
「…サッカーボール?」
膝枕の上ゆっくりと視線を隣へやれば、音の正体が俺のすぐ横に転がっていた。
「…後ろから跳んできたみたい。」
そう言う井上の言葉に、いつもの俺ならもう少し先を読んで行動できていた筈なのだが。
…何故だかこの時の俺は上手く頭が働かなくて、井上の膝枕の上でぼんやりボールを眺めていた。
…そこへ。
「確か、こっちの方へ…あ、あった!…あ!」
「良かったね、佐藤く…えええっ?!お、お兄ちゃん?!」
その聞き慣れた声に、頭で考えるより先にバネ仕掛けの玩具の様に跳ね起きる俺の身体。
「げ…ゆ、遊子?!」
見れば、そこには驚きのあまり目も口もまん丸く開いたまま立ち尽くす遊子。
…見られた。多分、つーか間違いなく。
「あ…あの…!」
井上も、真っ赤な顔で気まずそうに俯いていて。
完全に固まった3人の間を風が吹き抜け、状況の読めない「佐藤くん」だけがおろおろしながら俺と遊子の顔を交互に見ていた。
「…えっと…あの…リフティングしてて…ボールが転がって…その…。」
状況説明の様な、言い訳の様な台詞をびくびくしながら呟く「佐藤くん」の横で、次第にこちらの様子を理解した遊子が大声で叫ぶ。
「…お、お兄ちゃん、いつの間に織姫ちゃんとお付き合いしてたの?!」
…マズイ。
そう、俺は井上と付き合いだしたことを、家族には知らせていなかったんだ。
「あ、いや、そのな…。」
いや、だってどんなタイミングでどう話を切り出せばいいのか解らないし、ダチ連中だってきちんと報告したのはたつきとチャドぐらいで、あとは勝手に周りが騒いで広まっただけで…。
そう頭の中じゃ色んな言い分が浮かぶものの、気が動転していると上手く言葉にならないもので。
「ずるいよ、お兄ちゃん!どうして教えてくれなかったの?!ちゃんと織姫ちゃんのこと『彼女』って紹介してよ!」
「な、何言ってんだよ!遊子だって、『佐藤くん』のこと俺や親父に話してねぇだろ!」
「夏梨ちゃんは知ってたもん!」「夏梨には隠しようがねぇだけだろ!同じサッカー部なんだからよ!」
…結局。
井上の膝枕でデレデレしていたところを遊子に見られた恥ずかしさや気まずさもあって、ムキになってしまった俺はその場で遊子と言い合いを始めてしまった。
その横で呆然としている「佐藤くん」に、井上が穏やかに話しかけている。
「…佐藤くんって言うの?」
「は、ははははいっ!」
井上ににっこりと微笑みかけられて、顔を真っ赤にする『佐藤くん』が目の端に映る。
「あの、えっと…。」
「うん、黒崎くんは遊子ちゃんのお兄さんだよ。外見はちょっとだけ怖そうに見えるかもしれないけど、とっても優しいの。髪の毛の色もね、地毛なんだよ。」
「そ、そうは見えないけど…。」
「おい、『そうは見えない』ってどういう意味だコラ!」
遊子との言い合いの中、聞き捨てならない「佐藤くん」の台詞に、びしっと指差して俺が突っ込めば、すかさず遊子が反撃する。
「ああっ!もう、お兄ちゃん、佐藤くんを苛めるのは止めてよ!」
「苛めてねぇ!」
俺に若干ビビって身体を小さくする「佐藤くん」に、井上はほんわかとフォローを入れた。
「あはは。彼女の私が『優しい』って言うんだから、間違いないよ!それに、黒崎くんはちゃんと二人のこと認めてるからね。安心して遊子ちゃんとお付き合いしてね。」
「そうなの?!ありがとう、織姫ちゃん!」
「井上!余計なこと言わなくていい!」
遊子が井上をきらきらした目で見ている。
井上のぽやぽやっとした雰囲気にすっかり気を許した『佐藤くん』と、そもそも井上に対して好意的な遊子は、俺をまるで悪者みたいな視線で見て、井上の方にすり寄って行く。
そうして、今度は井上の腕にきゅっとしがみついた遊子が、俺に向かってビシッと指を差した。
「家に帰ったら、お兄ちゃんと織姫ちゃんのこと、夏梨ちゃんとお父さんに報告だから!公園でイチャイチャしてたって言っちゃうからね!」
「な…遊子!お前も余計なこと言わなくていい!絶対面倒くさいことになるから!」
…そうして、その夜黒崎家では。
俺と遊子はお互いの交際を暴露しあい。
俺と井上の仲を知って大喜びしたかと思えば、遊子に彼氏が出来たことを知り泣き出す親父。
俺をニヤニヤしながら冷やかす夏梨。
…ああ、もう暫く俺のフクザツな日々は続きそうな予感…。
《あとがき》
そんな訳で、双子の母親様からの素敵なリクエスト「遊子ちゃんか夏梨ちゃんに彼氏が出来て、シスコン全開の一護を慰める織姫」を基に、お話を書いてみました。
あまりリク通りにはならなかった気もしますが(す、すみません)、書いていてとても楽しかったです!
リクエストをいただくと自分だけでは思いつかないお話が出来上がるのでとても新鮮ですし、一護と織姫がしっかり「高校生カップル」している話を書くのは久しぶりな気もして…(高校生の二人はくっつく過程を書くことが多い私)。
でも、今回のお話でいちばん複雑な心境なのは、ガールフレンドの遊子ちゃんに怖そうな兄がいることを知った佐藤くんかも…(笑)。
相変わらずオリキャラを出すのが苦手なので、名前も全然凝っていないし(笑)。ごめんよ、佐藤くん。
それでは、読んでいただいてありがとうございました!
(2013.06.23)