とある男子高校生のフクザツな1日
そうして、暫くは微笑ましい中学生カップルを見守っていた俺と井上だったが。
「…ねぇねぇ、黒崎くん。」
「…あ?」
何を思ったか、遊子達から死角になるよう、大木に背を預け腰を下ろす井上。
そして、制服のスカートの裾をぐっと引っ張り、太ももをパンパンと軽く叩いて見せた。
「今なら、私のお膝が無料サービス中ですぞ!」
…はい?
俺は一瞬、井上が何を言い出したのか全く理解出来ず。
けれど、頬を染めながら何度もスカートの裾を引っ張る井上に、何となく彼女の言いたいことが伝わってきた。
…つまり、あれか?…膝枕…。
「…あ、あの、えっと…。」
この何とも言えない気まずい間に、ゴニョゴニョと口ごもる井上。
…まぁ、俺だって恥ずかしくない訳じゃないけど。
膝枕はまだしてもらったことねぇし、今は何となく甘えたい気分だったりもして…。
「…じゃ、遠慮なく。」「…!ど、どうぞどうぞ!」
ごろり、芝生に横になり、頭は井上の膝枕へ。
照れ臭いような、くすぐったいような。それでいて心地好い、不思議な感覚。
「…えへへ…。」
頭上から聞こえる井上の声から察するに、多分彼女も俺と似たような心境なんだろう。
視界に入るのは、風に揺れる大樹の葉、木漏れ日、青い空。
…ついでに言うと、後頭部ではちゃっかり井上の太ももの形や感触を確かめたりして。
時々俺の髪を撫でるのは、風じゃなくて井上の細い指。
「…なぁ、井上。」
「うん、なぁに?」
あんまりにも気持ちが良くて、こっぱずかしいなんて感情はどこかにすっとんで。
俺は手を伸ばし、俺の髪を撫でていない方の井上の手をそっと握った。
「…何で、膝枕しようと思ったんだ?」
空を見上げる俺の視界に、僅かに井上の顔が入って来る。
「んとね、黒崎くんが、ちょっと寂しそうだったから…かな?」
何だ、やっぱり見抜かれてたのか…なんて、いつもなら自分の格好悪さに焦るこの場面。
けど今は、どうせバレてるんならこの際徹底的に甘えさせてもらうのもいいかな…なんて考えている自分がいる。
「でもね、私もね、もしお兄ちゃんが生きてて、彼女を連れて来たりしたらきっとすごくショックを受けると思うから…。多分、兄妹ってみんなそうなんじゃないかなって思うよ。」
井上の手は、変わらず俺の髪を撫でる。
「ついこの間までちびっこで、俺が守ってやらなきゃ…って思ってたのになぁ。」「それは、もう暫く黒崎くんのお仕事だと思うよ。遊子ちゃんも夏梨ちゃんも、黒崎くんのこと頼りにしてるんだから。」
よしよし、と慰める様に俺の頭を撫でる井上の手。
いつもは井上の方が危なっかしくて子供っぽい癖に。
けどこういうのもたまには悪くないかもな…と思ってみる。
「…そうか?」
「同じ妹の立場の私が言うんだから、間違いなし!妹はいつだってお兄ちゃんが大好きなのです!」
目の端に、井上の笑顔が映る。
木漏れ日のせいなのか、それが何だかやけに眩しくて。
…ついでに言うならちょっと調子に乗った俺は、ごろんと寝返りを打つとうつ伏せになり、井上のスカート越しの太ももに顔を埋めた。
「わ、わひゃっ!」
「…いいだろ、別に。」
井上の膝枕が一瞬ぴょこんっと跳ねた気がしたが、俺は構わずその温もりを堪能する。
「…なぁ、井上。」
「…う、うん、なぁに?」
若干取り乱しながらも、井上の声は柔らかい。
「…俺も、オマエの兄貴に空の上から認めてもらえる様に、頑張らないとな。」
今だって、井上の兄貴は空からこの光景を見て腹を立てているのかもしれないけれど。
その気持ちは同じ兄貴として痛いほどよく解るけれど。
…けど、こんなに気持ちいい井上の彼氏の座はやっぱり誰にも譲れないから。
…せめて認めてもらえるよう、最善の努力を尽くしマス…。
「大丈夫だよ、黒崎くんならお兄ちゃんも安心して空から見守ってくれてるよ。やっと妹の片想いが実ったんだもん。」
「…そうか?オレンジの髪の、目付きの悪い死神代行だぜ?」
そう言う俺に、井上は自信たっぷりにいい放つ。
「お兄ちゃんは見た目や職業で人を判断したりしません。」
「…死神代行って職業じゃねぇし…。」
俺、給料びた一文貰ってねぇよ、って返したら井上がクスクスと笑った。
「…もうそろそろ、帰ろっか?」
腕時計をちらりと見ながらの井上の提案に、俺は膝枕の上でゆるゆると首を振る。
「もうちっと、このままで。それとも、そろそろ『無料サービス』が有料になるか?」
からかう俺に、井上が再びクスリと笑った。
「黒崎くんは特別会員なので、永久無料サービスです。」
「つーか、会員は俺だけにしとけ。」
「…うん。」
今が何時か知らないけれど、あと少しだけこうして甘えていたくて。
井上の膝枕の上、時折ゴロリと寝返りを打ちながら、俺はまったりとした時間を楽しんだ…。
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