とある男子高校生のフクザツな1日




…結局。

午後の補講の間も、俺の脳ミソは目の前の教師の熱弁なんざ全く受け付けず。

自由席の為隣に座る井上を時折ちらりと見ながら、頭は屋上での会話を反芻することにフル稼働だった。

…井上は女として遊子の恋愛を応援しているのだろうが、兄貴の俺としてはやっぱり素直に「はいそうですか、おめでとう」とは言えないのが本音。

寂しい、なのか。
心配、なのか。

何とも言えない、ぐずぐずとした感情。

ついこの間まで、「お兄ちゃん、お兄ちゃん」って甘えて来てたくせに…なんて、我ながらシスコンもいいとこだ。

…しかも、その癖井上と付き合ってる俺は、井上の兄貴に同じ思いをさせている訳で。
もし井上の兄貴が生きていたら、俺との交際なんざ大反対だったろう。

…隣を見れば、黒板を真剣に見つめる井上。

睫毛長ぇな、とか、髪がさらさらしてんな、とか、いい匂いするな、とかぼんやり思ったりして。
更に申し訳ないながら、男としてはその「特盛」にも思わず目がいってしまったりして…。

ああ、井上のお兄さん、邪な目で井上を見たりしてスンマセン…と、心の中で謝罪しつつ、だからといって井上を手放す気なんてさらさらない。
…だから、遊子のことも、俺が自分で意識を変えていくしかないんだよな…。
そう頭では解っちゃいるんだけど…。







「あ~、たるかった!」
「そう?私は黒崎くんと並んで勉強できて、嬉しかったけどな。」

補講が終わった帰り道。
俺と井上はいつもの様に並んで歩いていた。

腕時計を見れば3時前。
真っ直ぐ家に帰るには、ちょっと早いよな。
ついでに言うなら、今日はもう少し井上と一緒にいたい気分だったりして…。

「…あのさ、井上。…うおっ?!」

どっか寄り道していかないか?と誘おうとした俺の腕を、井上がいきなりぐっと引っ張る。

「な、何だ?!」
「しぃっ!見て、あれ!」

俺と自分の身体を電柱の陰に押し込み、井上は嬉しそうに少し向こうのT字路を指差した。

…そこを歩く二人の中学生に、俺は思わず目を見張る。

「遊子…と、あれは…。」

見慣れたサッカー部のユニフォームを着ているが、夏梨じゃない。
遊子よりちょっとだけ背が高い、男子中学生…。

「…もしかして、あれが噂の彼氏くんかな?」

そう言う井上に、頷くことすらできない俺。
こう、視覚で捉えてしまうと改めてショックというか…。
そんな俺の制服の袖を、ちょんちょんと井上が引っ張った。

「…ね、ついてっちゃおうか?」
「…は?!」

何で妹と彼氏のラブラブ振りを追いかけてまで見なくちゃならないんだ…と言いたくなったが、井上はにっこりと笑って続ける。

「だって、お兄ちゃんとして、相手がどんな男の子か気になるんでしょう?実際に黒崎くんの目で確かめれば、安心するよ。」
「う…。」

そりゃまぁ、確かに井上の言うことにも一理あるが…。

「あの方向なら、行き先は多分、公園じゃないかな?ね、行ってみようよ!」
「わ、わかったから、井上!引っ張るな!」

…何なんだ、この井上の行動力。

俺は気が進まないながらも、半ば井上に引き摺られる様に遊子達の尾行を開始したのだった…。





「…あ、いた!あそこ!」

尾行と言っても、行き先の予測がついているのだから、そう難しいことはなく。

井上の言った通り、遊子と推定「佐藤くん」は、公園に来ていた。
二人で並んでベンチに座り、何やら楽しそうに話している。

俺と井上は少し離れたところにある茂みに囲まれた大木に身を隠し、こっそりと様子を伺った。

「…何だよ、相手もガキじゃねぇか…。」
身振り手振りをつけながら何やら一生懸命話す遊子にうんうんと頷く「佐藤くん」は、俺からすればまだまだ子供っぽさの抜けないガキで。
泥だらけのユニフォームでサッカーボールを抱えている姿は、あどけなさを覚えるほど。

なんつーか、「恋愛」っていう単語があまりにも不似合いというか、俺の想像と大きくかけ離れていて何だか拍子抜けしてしまった。

「…そりゃ、相手も中学生だもん。でも…とってもいい子っぽいと思わない?」

…まぁ、井上の言う通り、いかにもサッカー部らしい爽やか系な容姿に、どことなく素朴な雰囲気もあって…悪いヤツではなさそうだが…。

つーか、中学時代の俺の方がよっぽど悪そうだったかも…。

「…ね?遊子ちゃん達、ちゃんと中学生らしいお付き合いしてるよ。それに、あんなに幸せそうなんだもん…温かく見守ってあげようよ。」

くすりと笑ってそう言う井上に、俺は諦めた様に小さく溜め息をついた。

確かに、あんなに目を輝かせている遊子を見せつけられちゃあな…。

何となく敗北感。
けれどそれは今日の青空の様に清々しくて。

「…しゃあねぇな。」

俺はぽつりとそう呟き、井上に小さく笑って見せたのだった。




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