とある男子高校生のフクザツな1日





…そうして、俺は少し複雑な気分になった。

よく考えてみれば、井上の兄貴から見たら、俺が「佐藤くん」な訳で。

井上の兄貴は、それこそ虚になってしまうほど妹を溺愛していた。

その妹に、彼氏ができた…それだけでも正直面白くないだろうに。

しかもそいつの髪の毛はオレンジ色で、目付きが悪くて、中学時代はケンカばっかしてて。
おまけに大事な妹を、死神だの虚圏だの訳のわからない世界に巻き込んで…。

駄目だ。
我ながら井上の兄貴から歓迎される要素がまるで見当たらない。


目の前には、くりっとした目で俺を不思議そうに見る井上。

まぁちょっと天然でぽやぽやっとしてるところもあるけど、アイドル並みの容姿に、明るくて優しい性格、優秀な頭脳。

兄貴にしてみればそりゃあ自慢の妹だろうに、そんな妹が連れてきた彼氏が俺って…。

ヤバい、マジでへこんできた。


「はい、あーん。」
「…むぐっ?!」

突然、口に違和感。
井上に押し込まれたそれは、口に広がる甘さから恐らくチョコパン。

「黒崎くん、眉間の皺がきゅーってなってるよ!甘いもの食べてゆるっとしましょう~。」

にこにこと屈託なく笑う井上に、唖然とする俺。
いや、唐突すぎるだろ…とか、そんなに顔にへこみっプリが出てたか?とか、反論しようにもチョコパンが邪魔する。

俺は甘ったるいそれを取り敢えず咀嚼し飲み込んだ。

「ね、甘いもの食べるとふにゃあってなるでしょう?」
「…そりゃオマエだけだって。」

俺が今「ふにゃあ」ってしてるとしたら、それはチョコのせいじゃなくてオマエが「あーん」とかしてきたからだ…と内心思いつつ、出来る限り平静を装う。

「…それで、さっきの続きは?」
「…続き?」

チョコパンの残りにかぶり付きながら、井上がにっこりと笑った。

「うん。黒崎くんが本当に言いたかったこと、多分まだ聞いてない。」

…ああ、そうだった。

幸せそうにチョコパン食ってても、鋭いんだなコイツは…。

「…やっぱさ、中学生のうちから彼氏だの彼女だのって、早いよな。フツーは高校ぐらいからだろ?」

取り敢えず自分が井上の彼氏としてどうなんだってことはこの際棚に上げる。

俺はまず、今朝からずっと気になっていたことを井上に問い掛けた。

けれど、当然同意が貰えると思っていた俺の予想に反し、井上は「うーん」と小さく唸って小首を傾げる。
「…それは、人それぞれかなぁ。要は、いつ『お付き合いしたいぐらい好きな人』に出会うかの問題だから…。私はたまたま黒崎くんと出会えたのが高校だっただけで。そういうのに『フツー』って、ない気がする。」
「けど、中学生だぞ?」
「私の周りにも、中学時代からお付き合いしてる子とか、結構いたよ?…確かに大人っぽい子が多かったかもしれないけど…。」
「遊子は、まだ全っ然ガキだ!」

俺は思わず声を荒げていた。

「…遊子ちゃん?」

…しまった。

俺は慌てて手で口に蓋をしたが、既に時遅く。

井上はぱちぱちと瞬きを繰り返した後、何かを理解した様にぽんっと手を打った。

「もしかして…遊子ちゃんに、彼氏ができちゃった…?」
「…ぐ…。」

思わず言葉に詰まる俺。
そう改めて言葉にされると俺としてはますます面白くない訳で…。
しかも、妹に彼氏が出来たことに動揺してる俺って、井上からみたらかなり格好悪いんじゃないか?とか、余計な見栄も頭をもたげてくる。

「ま、まだ確定じゃねぇけど…多分…ってぐらいだ。」

けれど、そんな俺とは対照的に、井上はそれはそれは嬉しそうに言葉を続けた。
「わあ、素敵!遊子ちゃん可愛いし、今すぐお嫁さんになれるぐらい何でもできちゃうんだもん、やっぱりモテるんだね!」
「嫁って…だからまだアイツはガキだって!第一、相手の男だってどんな奴か分からねぇのに…。」

ぶつくさと不満を漏らす俺に、井上は穏やかに、そして諭す様に言葉を発する。

「でも、好きな人と両想いになれるって女の子にはとっては本当に幸せなことなんだよ?私だって、黒崎くんのおかげで今本当に幸せだもの。」
「そ、それは…。」

そういう言い方をされると、俺も反論がしづらくなる。
井上は屋上に他の誰もいないことを確認すると、俺にすり寄ってきて肩口にこつりと頭を乗せた。

「…大丈夫だよ、黒崎くん。遊子ちゃんが選んだ人だもん。黒崎くんが心配する様なこと、きっとないよ。」

…正直、あくまでも遊子と「佐藤くん」との仲を認めたくない俺だったが、井上は今回ばかりは俺の味方にはなってくれないらしい。

それでも、こうして井上と触れ合っていればやっぱり嫌な気はしない訳で…。

ああ、井上の兄貴は空から複雑な思いで見てるんだろうな、とちらりと考えながらも、結局昼休みが終わるまで井上とくっついていた俺だった…。


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