とある男子高校生のフクザツな1日
「わぁ、黒崎くんのお弁当、美味しそうだねぇ!」
…昼休み。
俺は井上と二人、屋上で昼飯を食べていた。
まるで気の進まない補講だったが、唯一の救いと言えばこうして井上と一緒だということ。
「…つーか、井上に補講って必要ないんじゃねぇの?」
学年トップクラスの頭脳を持つ井上と付き合いだして、早3ヶ月。
ただ、付き合うと言ってもお互い受験生。
未だにデートらしいデートはしたことがない。
一緒に帰るとか、学校帰りに図書館で並んで勉強するとか、極めて清い男女交際を続けている。
…訂正、一応キスはした。
「いえいえ、油断大敵ですぞ!それに私には他の子みたいに塾に行く余裕はないから、学校で補講してもらえるならラッキーぐらいなのです!それに…。」
嫌々補講に参加した俺とは違い、前向き思考でニコニコと笑っていた井上が、ふと顔を赤らめる。
「それにね、こうして黒崎くんに土曜日にも会えるから…。」
そうぽそりと呟いて、井上は「えへへ~」と恥ずかしそうに頭をかいた。
「…お、おう…。まぁな…。」
つられて何となく気恥ずかしくなった俺は、照れ隠しに弁当箱から大きな唐揚げを取り、口へと突っ込む。
その俺の弁当箱を、井上は感心したように覗いた。
「作ったの、遊子ちゃん?すごいね!彩りも綺麗だし、栄養バランスもちゃんと考えてあって…。いいお嫁さんになりそう!」
そう言いながら井上はバイト先のパンにかぶりつく。
確かに、井上の昼食は炭水化物だらけだ。しかもいつものことながらその量が半端じゃない。
…何よりそれでそのアイドル級の体型を維持してるっていうのがいちばん驚きなんだけどさ。
「黒崎くんは幸せ者ですな~。」
井上はうんうんと頷きながら、早くも次のパンに手を伸ばしている。
「よかったら何か食うか?」
井上はこの弁当を誉めちぎったが、あのデコ弁を見た俺は素直に賛同できず。
おまけに「佐藤くん」とやらの名前がふっと頭を過って、何となく手の中の弁当に苛立ちを感じた俺は、弁当箱をずいっと井上に差し出した。
「あ、ごめんね!欲しいとかそういうことじゃないの!」
井上は慌てて手をブンブンと振り、遠慮してみせる。
「けど…。」
確かに井上の昼食は野菜不足だから、サラダぐらい持っていけば…と言おうとした俺の顔を、井上が何かに気付いた様に突然じいっと見つめ始めた。
「…な、何だ?」
胡座をかく俺の前に両手をついて、至近距離で俺の顔を覗き込む井上。
「…黒崎くんの目に、私が映ってる。」
「…?…そりゃ、今目の前にいるのは井上だからな…。」
長い睫毛の大きな瞳をくりっとさせて、井上はうんうんと再び頷く。
なんつーか、こういう「誘ってる」みたいな仕草や行動をさらっと無邪気にやってのけるところが井上のコワイところなんだよな…。
「…うん。でもね…黒崎くん、目の端っこで、違うもの見てるの。」
「…違うもの…?」
そう言われて、俺の頭をさっと過ったのはさっきのデコ弁。
つまり、今朝の出来事が俺の頭の隅っこを否応なしにずっと占めていることに、俺以上に井上が気付いた…ということらしい。
本当、女の勘ってすげぇな。
井上なんて、自分に関することにはつくづく鈍くて、周りで騒いでる鬱陶しい男どもになんかまるで気付いちゃいないくせに、他人のことにはやけに鋭いんだよなぁ…。
「…降参。」
図星を認めた俺は右手に箸を持ったまま、軽く万歳をして見せた。
「…えへへ。」
にっこりと笑って井上が俺から離れ向かいにぺたりと座る。
「…それで?いかがなされました?」
「…あ~…。」
どう切り出そうか暫く考えた挙げ句、俺はぼそりと井上に問い掛けた。
「あのさ…井上って、俺より前に付き合ってた奴っているのか…?」
「ほえ?」
予想外の逆質問に、井上がきょとんとした目で俺を見る。
誤解をされたくない俺は咄嗟に「いや、別に前の男に嫉妬したりしないから」と付け足した。
「私は…黒崎くんが初めての人だよ。男の人を好きになったのも、黒崎くんが初めてだもん。」
ふわりと笑ってそう答える井上に、二重に嬉しくなって思わず口元が緩む俺。
一つは、井上の「初めて」を独占できたってこと。
もう一つは、「中学生から恋愛なんざ早い」という俺の持論を証明してもらった気分になれたから。
「だよな。やっぱり、そうだよな。」
当然ながら、俺だってそうだ。女を意識したのも、付き合うのも井上が初めてで。
「強いて言うなら…黒崎くんの前は、お兄ちゃんかなぁ。初恋とは違うけど、大好きだったもん。」
口元に人差し指を当てながら空を仰いでそう呟く井上。
懐かしむ様なその瞳には、きっとかつての兄貴の笑顔が映っているに違いない。
「…ああ、そっか。そうかもな…。」
俺はそれだけ言うと、弁当の残りを口に運んだ。
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