とある男子中学生のフクザツなデート
《とある男子中学生のフクザツなデート・オマケ~兄の言い分~》
「今日のWデート、楽しかったね!」
夕焼けに染まる、井上のアパートまでの帰り道。
俺の隣で嬉しそうに、そして満足げに笑う井上と手を繋いで歩く。
「まぁ…な。」
そうだよな、オマエは全力で今日のデートを楽しんでたよな…なんて心の内で悪態をつきつつ。
俺が返す曖昧な返事は、それを肯定も否定もできない証。
正直今の俺は、駅で遊子と「佐藤くん」と別れ、井上と二人きりになれたことにほっとしていた。
なんつーか、色々なしがらみから漸く解放されたって言うか…。
ほら、道路に伸びる長い2つの影だって、やけに伸び伸びとして手を繋いでやがる。
「今頃、遊子ちゃんと佐藤くんもこうして手を繋いで歩いてるのかな~。」
足取りも軽くそう言う井上の横で、俺は今日1日のことを改めて思い返し小さく溜め息をついた。
今日のWデートで、真っ先に手を繋いだのは井上と遊子。
俺と、俺にいちいちビビる可哀想な佐藤くん(ちなみに俺は普通にしてただけなんだが…悪かったな目付きが悪くて)を他所に、二人は姉妹みたいに手を繋いで楽しそうに歩いていて。
いや、いいんだけどな?
井上と遊子が仲が良いのは知ってるし。
恋人として兄として、二人が仲睦まじいのは喜ぶべきことだ。
…けど、これ誰と誰のデートなんだよ…そう俺がツッコミを入れたくなるのも無理はねぇよな?
その上、次に手を繋いだのは遊子と佐藤くん…。
いや、これだって別にいいんだけどな?
こいつらの手繋ぎなんて、恋人同士っていうよりむしろ小学生の遠足って感じで、そりゃあ微笑ましいモンだったし。
けど…なんて言うか、兄貴としてほんのちょっとフクザツだったり…しかも中学生の妹カップルに「手繋ぎ」で先を越された敗北感もあったりして。
その後、取って付けた様に「じゃあ俺達も」…なんて井上と手を繋いでみたけれど。
…事あるごとに、前を歩く遊子と佐藤くんがチラッチラ何度も振り返って見てくるから、何となく手を繋ぐことにすら遠慮して、控え目に指を重ねるぐらいが精一杯だった。
…そんな訳で、デートの帰りである今ようやっと、俺は井上としっかり手を繋ぐことができたのだ。
…遅ぇんだっつーの…。
しかし、俺の不満になんざ気付きもせず、にこにこ笑っている井上が俺をちらりと見上げる。
「…それに、黒崎くんも安心したでしょ?」
「あ?何がだよ。」
俺が無愛想にそう問えば、井上はふふっと嬉しそうに笑った。
「今日のWデートで、佐藤くんが本当にいい子だって分かったから。ね?」
「………。」
「佐藤くんも、黒崎くんのこと初めはちょっと怖がってたみたいだけど…。でも途中からちゃんと誤解が解けて、帰りには黒崎くんのこと『信頼できるお兄さん』って感じで見てたよ!よかったね~。」
「…まぁな。」
井上のその言葉に、短くそう返す俺。
…確かに。
「佐藤くん」がいいヤツだってのは今日でよく分かった。
昼間の一件の後、一緒にトイレに行くその道で、遊子が「佐藤くんが私を必死で庇ってくれたんだ」とその時の様子を一生懸命話してくれた。
相手を見て簡単にへりくだる様なヤツは勿論お断りだが、俺みたいにやたらケンカ慣れしてる男も心配だ。
…そういった意味で、確かに佐藤くんには「合格点」をくれてやってもいい…とか、なんつーか我ながらエラそうだな俺…。
まぁ、言葉になんかしてやらねぇけど。
遊子を送ることを頼んだっていうのが、俺なりの佐藤くんへの評価…ってことは多分本人にも伝わった筈だ。
…けれど。遊子と佐藤くんがお似合いだと認めれば認めるほど、何となく…。
「…寂しい?」
「…は?…ば、ばーか。んな訳ねぇだろ…。」
まるで俺の心を見透かした様な井上のその一言に、ふて腐れて慌ててそっぽを向く俺。
…ああ、これじゃ「図星です」って言ってるようなモンじゃねぇか…畜生。
「よかったら、ちょっとだけウチに寄ってく?美味しい珈琲をお出ししますぞ。」
「…おう。」
クスクスと笑う井上に、俺は赤くなった顔を隠す様に手で覆いつつ頷く。
今日のWデートは色んな意味でストレス溜まりまくりだったからな。
ここは1つ、井上に癒してもらって。
ついでに、遊子と佐藤くんの目を気にして今日できなかった1日分のイチャイチャを…。
よし、それがいい。
今日は、ここからが俺と井上の本当のデートだ。
井上は相変わらず無邪気ににこにこ笑ってるけど…覚悟しとけよ?
「ねぇ黒崎くん。」
「ん?」
「また、Wデートできるといいね!」
「…俺はしばらくはお断りだ…。」
「え~、何で?」
「へっくし!」
「あれ?黒崎くん、風邪?」
「いや…違うと思うんだけど…何か嫌な予感がする…。」
(2014.01.26)
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