とある男子中学生のフクザツなデート





「お腹空いたね~。」

水族館を半分ほど見て回ったところでフードコートに出た僕達は、少し早めの昼食を取ることにした。

って言うか、織姫さんがお腹が空いちゃったらしい…でも電車の中でお菓子いっぱい食べてたし、さっきもチュロス片手にイルカショーを見てた気がするんだけど…。

けど、フードコートが満席になる前に昼食にするのは確かに賢い選択だと思った。

「じゃ、二人は場所取りしてろ。」
「今日の昼食は、私達が奢りますぞ!」
「え、でも…!」
「いいの?!お兄ちゃん!」
「…中学生なんだから小遣い少ねぇんだろ。奢られとけ。」

驚く僕と遊子ちゃんに織姫さんはにっこり笑って、一護さんは相変わらずクールにそう言って。

そうして昼食を買いに行ってしまった二人を、嬉しそうな遊子ちゃんと見送った。

「ね、優しいでしょ!お兄ちゃんも織姫ちゃんも。」
「…そうだね。」

確かに織姫さんは優しいけど、一護さんはどうなのかな…なんて思いつつ僕がとりあえず相槌を打つと、遊子ちゃんがガタリと立ち上がる。

「ねぇ、待ってる間にお水をもらって来ようか。」
「そうだね!」

遊子ちゃんの提案に頷き、お水のセルフコーナーに行って。二人で2つずつコップを持って、さっき座っていた4人がけのテーブルに戻ろうとした…その時。

遊子ちゃんの前方に突然人が飛び出して、思い切りぶつかって来た。

「きゃっ…!」



カランカラン…。



床に転がる2つのコップ。

「だ、大丈夫?!」

はね飛ばされて尻餅をつく遊子ちゃんに慌てて駆け寄って、相手を見上げれば。

「…あーあ、服に水がかかっちまったなぁ…。」

ニヤリ…と不敵に笑う大柄な男と、その横にひょろりと背の高い男。

二人とも多分、高校生か大学生ぐらいだ。

「おいおい、冷たいなぁ…。これ高い服なのによぉ。」
「クリーニング代でももらっとく?」

ニタニタ笑いながら、その視線は遊子ちゃんの鞄に注がれている。
遊子ちゃんは反射的に鞄をギュッと抱き締めた。

「そ、そっちがぶつかって来たんだろ!」
「ああ?!何だと?!」

威嚇する様な大声で怒鳴られて、思わずビクッと震える僕の身体。

他のテーブルに座っている周りの人達も水を打った様に静まりかえり、固まったまま動かなくなった。

怖くて声が出ない。
身体中の血の気がサアァッと引いたのも自分で分かった。

でも…。
隣には涙目で震える遊子ちゃん。
遊子ちゃんは悪くない。
こっちから謝るなんて、絶対嫌だ!

僕は恐怖で固まる身体を必死に叱咤して、遊子ちゃんを背中に隠す様に男達の前へと移動した。

「おー、一丁前に庇ってやがるぜ!」

僕を馬鹿にした様にゲラゲラと下品な笑い声を上げる男達。

けど、僕にはそれ以上に出来ることなんて何もなくて。悔しさと情けなさに唇をギュッ…と噛み締めた。

その時。

「…あれ、どうしたの?」

そこに来たのは、トレイにたこ焼きや焼きそばを山の様に乗せた織姫さん。

「お、織姫ちゃん!」

遊子ちゃんがそう名前を呼んだことで、男達はさっきより更にいやらしい目付きで織姫さんを見た。

「へぇー姉ちゃん、コイツらの保護者?コイツら、俺の服に水ぶっかけやがってさぁ…謝りもしねぇんだよ。」
「けど、姉ちゃん美人だし胸デケェし…今から俺らに付き合ってくれたら、コイツらの無礼もチャラにしてやっていいぜ?」

織姫さんがテーブルにトレイを置きながら、僕達に視線を移す。

「違う!この人達が遊子ちゃんにわざとぶつかって来たんだ!それで、クリーニング代出せって脅してきて…。」
「ウルセェェ!」
僕の言葉を強引に遮る男の乱暴な声に、再びびくっとしてぎゅっと目をつぶる僕と遊子ちゃん。

…けれど。

「…お断りします。帰ってください。」

その言葉に、ふっ…と変わるその場の空気。

…え?

静かに、けれど凛として響く綺麗な声。

そろりと目を開け顔を上げた僕は、そこに立っている織姫さんの纏っている空気が、さっきまでのほえほえっとしたものと全く違うことに気がついて。

「な…!」

男達も同じことを感じたのだろう、面食らって思わずたじろいだ。

「…遊子ちゃんも佐藤くんも、自分が悪いと思えばちゃんと謝るはずだもの。ぶつかった現場は見ていないけど…二人の言い分が正しいと思う。」

そう毅然として告げる織姫さんの意外すぎる横顔に、僕は驚いて目を見開いた。

「…う、ウルセェ!いいから付き合えってんだ!」
「…あ!」

暫く織姫さんの堂々とした態度に言葉を失っていた体格のいい方の男が、はっと我に帰った様にそう言い織姫さんの細い腕を掴もうとした、その瞬間。

「…キタねぇ手で、井上に触んじゃねぇよ。」

僕の視界をふっと掠めるオレンジ色。

ぱしり…と音を立てて、男の腕を一護さんの右手が掴んだ。





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