とある男子高校生のフクザツな1日
…とある週末。
俺は土曜日だというのに、学校へ行く支度をしていた。
勿論、行きたくて行く訳じゃない。
本来なら希望者のみが参加するはずの補講に、越智さんが俺のみ「強制参加枠」を指定してきたから、仕方なく行く…つーことで。
まぁ、受験生の俺が虚退治で授業をしょっちゅう抜けてりゃ、当然目もつけられるわな…。
「お兄ちゃーん、お弁当作ったから、持っていってねー!」
渋々支度を終えた俺に、遊子が階段下から叫ぶ声が聞こえる。
「おーう、サンキュー。」
今日は土曜日で購買は休みだから、遊子の弁当はマジで有り難い。
夏梨も今日はサッカー部の練習試合があるとか言ってたから、夏梨の弁当と一緒に作ってくれたんだろう。
本当、実の兄の俺が言うのもなんだけど、出来た妹だよなぁ…。
《とある男子高校生のフクザツな1日》
「…ん?」
言われた通り台所へ下りた俺は、テーブルの上に並べられた弁当箱を見て、思わず首を傾げる。
俺用のデカイ弁当箱は見ればわかる。
その隣にある夏梨の弁当箱も。
…じゃあ、さらにその横にある、二人分はあろうかというお重の様な弁当箱は何だ?しかも、すげぇ気合いの入ったデコ弁。
どう考えても、今日の主役はこいつだろ…。
けど、少なくともうちの家族にはこの量を食べられるやつはいない。
こんな量を一人で平らげることが出来るのは…。
そう考えて脳裏に浮かぶのは、胡桃色の長い髪の俺のカノジョ。
「…やべ。」
自分で考えておきながら、『カノジョ』って言葉の響きに勝手に顔が熱くなる。
俺は思わず手で口元を覆った。
…そこへ。
「あ、お兄ちゃん!」
「一兄、もう行くの?」
超大作デコ弁当を作った張本人と、既にサッカー部のユニフォーム姿の夏梨がやってきた。
「なぁ遊子。このばかデカイ弁当、誰のだ?」
俺は慌てて平静を装い、何気無く今日主役の弁当箱を指差す。
すると、遊子の顔が突然ぼんっと爆発した様に赤くなった。
…何だ?その反応。
不思議に思い眉間に皺を寄せる俺に、夏梨がニヤニヤ笑いながら放ったのは、衝撃的な一言だった。
「それはねぇ、遊子と佐藤くんの二人分だから。」
…佐藤くん?
「か、か、夏梨ちゃん!」
わたわたと手を振る遊子に構わず、夏梨は続ける。
「今日の練習試合、佐藤くんも出るんだよね。で、応援がてらお弁当の差し入れ…って言うか、一緒に食べるんだよね~。」
「か、夏梨ちゃん!」
「もうサッカー部のメンバー公認の仲だし。ね?」
…はい?
点になったまま元に戻らない俺の目。
「もう、夏梨ちゃんのばかぁ!知らない!」
そんな俺の前で、耳まで真っ赤になった遊子はお重の様な弁当箱を慌てて包むと、逃げる様に台所を飛び出した。
「あ、待ってよ遊子!あたしも行くよ!」
夏梨もまた急いで自分の弁当を包み、俺を振り返ることもせずバタバタと走っていった。
…そうして、台所にぽつんと取り残された、俺と俺の弁当。
二人分の足音と、玄関の扉がバタンと閉められる音を遠くに聞きながら、ゆっくりと回転し始める俺の思考回路。
とりあえず、あの鮮やかなデコ弁は、サッカー部の「佐藤くん」とやらのために、遊子が作ったものらしい。
…で、練習試合の後に二人で一緒に食べるからお重入り…。
…もしかして、あれか?
ひょっとして、「佐藤くん」とやらは、もしかして遊子の…。
「…マジでか?」
そんなことをぼんやりと考えながら、俺はのそのそと自分の弁当を包んだ。
作ってくれるだけで十分有り難いはずの弁当が、今日は何故だかやけに色褪せて見える。
「…げ、もうこんな時間かよ。」
それでも、時計に目をやれば現実に引き戻される俺。
「…しゃあねぇな、行くか…。」
ぐるぐると回る何となく嫌な思考を半ば強制的に断ち切り、弁当を鞄に突っ込んで。
今日何度目かの重い溜め息と共に、俺もまた台所を後にし学校へと向かったのだった。
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