わたしを温泉に連れてって
…そうして。
井上をギリギリまで休憩させて、終了30分前に滑り込んだ朝食バイキングの会場。
ぐったりとした井上を椅子に座らせて、井上の好きそうな物を皿に乗せては専属ウェイターの様に給仕したのは、俺からのせめてもの詫びってことで。
井上も、とりあえず食欲だけはあった様で、俺が差し出す皿を次々と綺麗にしていく。
…まぁ、確かに昨晩は2人してかなりのカロリーを消費し…今のなし。
それでも、デザートの果物やヨーグルトを頬張るころには、井上も幾分か元気を取り戻し、いつもの笑顔が見られる様になった。
…まぁ、代わりに井上が軒並み料理をかっさらう様を見て、バイキング会場の従業員が青くなっていたけどな。
その後、旅館内の土産物屋を少し見て回り、10時ジャストに何とかチェックアウトを済ませ、旅館を後にする。
1カ月間、あんなに待ちわびていた旅行も、過ぎてしまえばあっという間だな…なんて少しの旅愁にかられながら、帰りの電車に揺られる俺と、俺の肩にもたれかかる井上。
その胡桃色の頭を撫でながら、本日何度目かの「ごめん」を囁いて。
ついでに少しの勇気を出して、「また、一緒に温泉に行こうな?」って言えば、顔を真っ赤に染めながらもこくりと頷く井上は、大概、俺に甘い。
「…黒崎くん…。」
「…ん?」
しばらくして、井上が俺の肩に頭を乗せたまま、ためらいがちに俺の名を呼んだ。
「あのね…その…いつか…ね…。」
「ああ、いつか?」
「…いつか一緒に温泉に行ったら…家族風呂に、入りたいな…。」
そこまで言うと、顔を隠す様に俺の肩に額をこすりつける井上。
井上は、「家族風呂」には家族でしか入れないと思い込んでいる。
その井上が、俺と「家族風呂に入りたい」と願ってくれる…それは、つまり…。
ガタンゴトンと揺れる電車の音。
その電車の一角、俺と井上の座る座席を包み込む、穏やかで甘くて、愛しい空気。
俺は井上の頭をくしゃりと撫でた後、そのまま手を滑らせて彼女の細い手を取り、指を絡める様にしてキュッと握りしめた。
「…おう。いつか…な。」
「…本当に?」
「ああ。だから、ちゃんと待ってろよ。6年経ったら、必ず迎えに行くから。」
「うん…。ありがとう、黒崎くん…。」
…本当は、家族風呂は家族じゃなくても入れるんだよ…なんて。
今はまだ、教えないでおこう。
明日からは、また離れ離れでそれぞれの目標へ向かって毎日を過ごす俺達だから。
今はもう少しだけ、俺の隣で幸せそうに笑う井上と、2人の未来を夢見る時間を…。
「ただいま、親父。これ土産な。」「お、一護!なんだ、わざわざ空座に寄ったのか?てっきり大学の方に直接戻るかと思ってたのに。」
「ま、まぁ一応な…(井上が土産を渡せってうるさかったんだよ。どのみち、井上をアパートまで送らなきゃいけなかったし…)。」
「で、どうだった温泉は?」
「あ?こぢんまりしたところだったけど、まぁ良かったよ。飯も美味かったし。」
「そうかそうか!そりゃあ織姫ちゃんも喜んだことだろう!」
「な…!だ、だから俺は大学のダチと行ったんだって…!」
「ほほぉ。じゃあ、俺がチケットと一緒に同封したモノ、今すぐ耳を揃えて返してもらおうか?」
「…………………。」
「わはは~!それ見ろ!!使い切ったなら使い切ったと、素直に言えば…ぐほぉっ!」
「つ、使い切っちゃいねぇよ!このスケベクソ親父!」(←自爆)
《あとがき》
かなり前に、一織スキーの皆様とご一緒させていただいたチャットからできたお話です。
何でそんな話になったのかはうろ覚えですが、多分、「浴衣一織オイシイよね~」「お風呂でラブラブな一織もオイシイよね~」…じゃあ温泉?みたいな展開ではなかったかと…(^_^;)。
ちなみに、チャットで浴衣の取り違えネタで盛り上がったとき、「浴衣だけじゃなく、いっそ下着ごと取り違えていたら…」みたいな流れもあったんですが、ヒメの下着を「ぴろーん」する変態一護さんと、ヒメのブラのサイズをこっそりチェックして、「A、B、C…」とか呟きながらアルファベットの何番目かを指折り数えて「うおぉ~っ!有り得ねぇ!」って悶絶する最低一護さんしか浮かばなかったのでやめました(笑)。
あの時チャットに参加されていたどなたかが、お話にしてくださるといいなぁ…なーんてね、ふふふ…( ̄∀ ̄)。
書き始めた時は、「山もオチもない、ただ一織が温泉に行くだけの話だなぁ…」って思っていたんですが、実際に書いてみたらとても楽しかったです!(o^∀^o)
でも一護さんがここまで「10個、10個」とウルサイ男になったのは予定外でした!本当にすみません!表すいかでいいのかなこれ(笑)!
ちなみにこの後、ほんのちょっとだけオマケ付きです。よろしければお読みくださいませ。
では、ここまで読んでくださりありがとうございました!
(2014.07.21)