わたしを温泉に連れてって






滑り込む様にエレベーターに乗り、エレベーターから下りた後も廊下を全力で走って。

擦れ違う旅館の従業員や他の客の好奇の視線を全身で感じつつ、俺はどうにか井上を抱いたまま部屋へと辿り着いた。

『旅の恥はかき捨て』って、まさにこのことだな…。

「…つ、着いた…。」
「…ほ、本当にごめんね黒崎くん…。」
「はぁ、はぁ…気に…するな…。」

肩で息をしながら、井上を部屋の入り口で下ろして。
そして、ほっとしながら戸をガラリと開ければ。

「うおっ…!」

俺の目に飛び込んできたのは、真っ白い布団が二組、ぴったりとくっつけて敷いてある光景。

いや、今更なんだけど、何かすげぇ…こう…「いかにも」って感じで、ヤバくねぇ?

…なんて、戸惑い半分、興奮半分でその布団を眺めていれば、井上が足を浴衣にもつれさせながらそこにポフっと飛び込んだ。
そして、うるっとした瞳で俺を見上げて。

「ほ、本当にごめんね黒崎くん!浴衣、間違えて渡しちゃって…!す、すぐ交換するから!」

そう叫んでむくっと起き上がると同時に、わたわたと浴衣の帯をほどき始めた。

「わ、わーっ!だからっていきなり脱ぐな、井上!全部見える!」
普段は明るいところで脱ぐのは恥ずかしいからって絶対NGなくせに。

俺に申し訳ないと思ったんだろう、慌てて浴衣を脱ぎだした井上に、俺の方が焦ってそう言えば。

「え?ひ、ひゃわぁっ!」

井上も自分の暴挙に気がつき、脱ぎかけたLサイズの浴衣をものすごい速さで身体に巻き付けた。

「…あ、あの…急いで返さなきゃ…って思って…そのっ…。」
「…っ!!」

布団の上に、ちょこんと座って。
ぶかぶかの浴衣にくるまって俺を涙目で見上げる井上を前に、一気にスパークする俺の本能。

いや、俺の予定だと、温泉旅行の夜ってもっとこう…しっとりっつーか、大人の落ち着いた雰囲気で迎えるモンなんじゃねぇか…って思ってたんだけど。

そんな雰囲気に持ち込むまで、俺が保ちそうにねぇ!
てか、何だこの目の前の井上の、クソ可愛いのにがっつり色気まで加わった無敵ぶりは…!

「い、井上…。」
「なぁに?」

部屋の明かりを消して、きょとんとする井上の前に俺も腰を下ろす。

「…浴衣の交換は、必要ねぇ。」
「え?何で?」
「それ脱いだら、今夜はもう着る必要ねぇから。」
「え?」
「大丈夫だ、井上。俺、今日は10個持ってる。」
「え?10個?何を?…あ、あの、黒崎くんっ…?」

…そんな訳で。

色々予定外なこともあった1日だったけれど、本日最後の予定だけはきっちりと実行させていただいた俺だった…。
















「…ん…。」

心地よい温もりの中、緩やかに覚醒した俺。
俺の腕の中では、井上がまだすやすやと眠っている。

「…何時だ?」

枕元に置いてあるスマホに手を伸ばせば、そこには「7:28」の数字。
部屋は遮光カーテンで薄暗いけれど、どうやら世間にはしっかり朝が訪れているらしい。

「ん…おはよう、黒崎くん…。」
「あ、悪い。起こしたか?」

爆睡してすっきりしている俺とは対照的に、もぞもぞと動く井上はまだ眠たそうな瞳で俺を見上げる。

「んーん、いいの…今、何時?」
「もうすぐ7時半だ。」
「そっか…。」

そう呟いて、再びもぞもぞと動く井上。

「…ねぇ、ここのお風呂って入れ替えありって書いてあったから…今朝は、昨日と違うお風呂に入れるんだよね?」
「…だな。」
「あと…朝食はバイキングだったよね?」
「おう。もう始まってるぜ。」
「…ダルいです…。」
「……。」

入れ替えられた風呂に、朝食バイキング。どちらも相当魅力的な筈なのに、布団から出ようとしない井上。
それはつまり、俺が昨晩少々…いや、かなりの無茶を彼女に強いたからであり…。

「…大丈夫だ、チェックアウトは10時だし。ゆっくり休んでから起きればいいよ。」

俺が胡桃色の髪を撫でながらそう言えば、井上がけだるそうに頷く。

「ありがと、黒崎くん。でも、お風呂は諦めようかな…その…痕が…いっぱい付いてて…。」

ああ、そうだ、昨夜は本当にブレーキが効かなくて…井上の身体には、俺の所有の痕があちこちに。

「悪ぃ…風呂のことまで考えてなかった。」

俺が素直に謝れば、井上はふるふると首を振って。

「ううん、いいの。…だから、ね?」
「ああ、何だ?」
「いつかまた…私を温泉に連れてって…ね?」

そう言う井上の甘えるような笑顔が、俺の胸を不意打ちで鷲掴みにする。

…な、何だコイツ…!
俺の腕の中で、しかも裸で何だそのクソ可愛さ…!

「井上…。」
「うん、なぁに?」
「も一回だけ…な?まだアレ残ってるから。」
「え、ええっ!?」




…そんな訳で。

…朝から「ダルい」と言っていた井上に、更に追い討ちをかけてしまった俺だった…。




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