真昼の月







…昼放課。

一護はいつもの様に、屋上で水色や啓吾と一緒に昼食を取っていた。

「でさ、最近じゃコンサートのチケットも即日完売らしくてさ…!」

何やら、最近のイチ推しアイドルについて語っているらしい啓吾。

その話を右から左へと聞き流しながら、一護は先程漆木から受け取った紙袋を取り出した。
そして、カサリ…と小さな音を立てて、そっと中に手を差し入れる。

「……。」

織姫が自分の為に…と持ってきてくれた、明太子マヨネーズパンとビターチョコレートパン。

遊子の作った弁当を平らげた一護の腹は既に満たされている。
けれど、一護は形の崩れたそれをしばらく見つめた後、明太子の方に無言でかぶりついた。

「…美味い…。」

ぼそり…複雑な思いと共に一護が呟く。

やはり、織姫は自分のことを解ってくれている。今、口にしているパンだって、ちゃんと一護好みの味だ。

それに、漆木によれば、このパンは余りなどではなく、初めから一護の為に用意されていたのだという。

…なのに…。

一護は、パンを差し出す織姫の手を振り払ってしまったことを後悔しながら、それでも心の片隅にくすぶるグズグズとした何かを払拭できずにいた。

違う、そうじゃない。

織姫に本当に解ってほしいのは、パンの好みなんかじゃない。

本当に解ってほしいのは…。

「一護、どうかしたの?」
「…え?」

気付けば、スマホをいじっていたはずの水色が、じっとこちらを見つめていて。
一護はハッとし、慌てて作り笑いを返した。

「別に、何も?」
「ふうん。」
そう軽い返事を返しながらも、水色は何か思わしげな視線を一護に送った後、ふいに啓吾を振り返った。

「ねぇ啓吾。」
「なぁに?水色もライブに行きたくなっちゃった?」
「ううん、啓吾1人で僕と一護にホットコーヒー買いに行ってきてほしい。」
「オッケー…って、それパシりじゃね!?しかも屋上から自販機までって結構な距離があるぜ!?」
「僕の彼女の知り合いに、そのアイドルのファンがいてさ。今度その娘と限定ライブに行けるよう、頼んであげてもいいよ?」
「喜んで行ってきまーす!」

ブーブーと文句を言っていた啓吾が、手の平を返した様にスキップで屋上を去っていく。
バタンとドアが閉じられ、二人きりになったのを確かめると、水色はパンを黙々とかじる一護に明るく話しかけた。

「…で、一護。」
「あ?」
「実は今、モヤモヤしてるでしょ?井上さんのことで。」
「…!あ、あぶね!」

ポロリ…落としかけた明太マヨパンを、間一髪で拾い上げた一護が、バッと顔を上げる。
そこには、全てお見通し…という笑顔の水色がいた。

「僕で良かったら、話を聞くよ?声に出してみると、一護自身もきっとすっきりする。」
「…な…。」
「勿論、守秘義務は果たすからさ。」
「………。」

水色に促され、一護が少し戸惑う。
しかし、自分以外から見て、織姫と自分、漆木がどう見えているのか…それがどうしても知りたくて。
まして水色なら、自分より余程女心が見えているに違いない…そう判断した一護は、思い切ったように切り出した。

「あのさ…井上は、俺のことどう思ってると思う?」
「え?」

一護からの問いかけに、水色が目を丸くする。
しかし、一護はそれに気付かず、今まで内に溜め込んでいたモノを一気に吐き出し始めた。

「その…ぶっちゃけ、嫌われてはねぇと思うんだ。高1の頃からの仲間だし、尸魂界だの死神だの訳のわからねぇ世界に一緒に付き合ってくれたしさ。俺のこと、すげぇ理解してくれてもいて、ほら、こうやって俺好みのパンとかくれてさ。」
「うん。」「俺、アイツを護ってやりたいし、アイツも俺を護りたいって思ってくれてるみたいでさ。別に見返りとかじゃねぇけど、これからもお互いにずっとそんな風でいられたらいいって…そう思ってたんだ。」
「うん。」
「…けどさ、アイツ誰にでも優しいし、こっそり漆木とまで仲良くしててさ。漆木にも同じようにパンやってたんだ。もしかしたら、井上にとっちゃ漆木の方が今は大事だったりするのかも…。」
「ちょっと待って一護。」

一護が胸の内を適度に吐き出したのを見届け、水色は穏やかに、けれど一種の鋭さをもった声で一護の言葉の続きを制止した。

「あのさ一護。井上さんの気持ちも大事だけど、先に考えなくちゃいけないのは、一護の気持ちじゃないの?」
「…俺の、気持ち…?」

目を見開いて自分の言葉を繰り返す一護に水色は頷き、にっこりと笑い返す。

「そう。井上さんがどうあれ、まずは一護が井上さんをどう思ってるのか、それをはっきりさせなくちゃいけないと思うな。」
「…どう、って…。」

水色の言葉は、あまりにも衝撃的だった。

「自分が織姫に対してどんな感情を持っているのか」。

それは、たつきも石田も、決して真正面から突きつけてくることはなかった難題。

それを、水色はあまりにも爽やかに尋ねたのだ。

「一護が井上さんを常に気にかけてる、それは僕にも分かるよ。でも、その気持ちは、例えば有沢さんや朽木さんに対するものと、どう違うの?」
「たつきやルキアと?」
「うん。だって皆女の子でしょ?」
「たつきやルキアは女にカウントしていいのか微妙だぜ?」
「あはは。でも、ちゃんと考えてみてよ。どこが違うのか。」
「どこが…って、そりゃ井上の方が女らしいから、男友達みたいには扱えねぇけど…。あと、危なっかしいなら、つい構っちまったりはするかなぁ…?」

水色の問いに明確な答えが出せず、難しい顔を見せる一護。
そんな一護に、水色もまた少し考えるような素振りを見せた。

「…じゃあ、例えばの話ね。」
「おう。」「一護、朽木さんとのキスシーン想像してみてよ。」
「は?するわけねぇだろばーか。」
「真剣に言ってるんだけど?」
「だから、無理なモンは無理だ。」
「はは、そりゃ残念。じゃあ、今度は井上さんとのキスシーンを想像してみて?」
「…は!?」

その瞬間。

「黒崎くん」

耳の奥で己の名を呼ぶ、甘い声。
そして、瞳を閉じた織姫の顔が、ふわっと一護の脳裏を横切る。

「な、何言って…!」
「一護…真剣に、だよ。」
「だ、だからするワケねぇって…!」

慌てて、否定しながらも。
ルキアでは全く浮かばなかったキスシーンが、織姫となら簡単に浮かんでしまう自分に、一護は激しく動揺していた。
しかも、一護の動揺とは裏腹に、脳裏の織姫はねだる様にそのふっくらとした唇を差し出してくる。

「…顔が赤いよ?」
「違うって言ってんだろ!」

妄想を断ち切る様に手をわたわたと振る一護に、水色は「あははは」と満足そうに笑い、頷いた。

「それが井上さんと朽木さんの違いだよ、一護。朽木さんとは『有り得ない』から、何も感じない。けれど、井上さんとは『あるかもしれない』から、ドキドキする。」
「……!」
「一護にとって、井上さんは『キスする可能性のある女の子』ってことだよ。別にいいじゃん、高校生だし好きな相手とキスぐらいフツーだよ?」
「…ち、違…!」
「そしたら、そのモヤモヤも解るでしょ?キスしたい女の子が他の男と仲良くしてたら、誰だって面白くないもんね。」
「だから、違…!」
「おっ待たせ~!一護、水色、ホットコーヒーのお届けだよ~?」
「うわああ!啓吾、今来るんじゃねぇ!」

べしゃっ。

ご機嫌でドアを開けた啓吾に、反射的に食べかけの明太マヨパンを投げつけていた一護。
パンは啓吾の顔面を直撃し、見事に張り付いた。

「…一護?俺、こんなお礼ならいらないけど…?泣くよ?」
「は!わ、悪りぃ啓吾!」

一護は、啓吾の顔からパンをひっぺがし、缶コーヒーを引ったくると、逃げるように階段を駆け下りていく。

「水色…何アレ…?」
「ん~?遂に、一護に遅すぎる思春期が来たってことかな。」

唖然とする啓吾に、水色はスマホをいじりながら そう答えた。




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