真昼の月







「…ま、待って…!」

胡桃色の長い髪を靡かせ、廊下をひた走る織姫。

彼女の何度目かの呼びかけに、転校生は漸く足を止め、振り向いた。

「何の用だ、女。」

オマエには全く興味がない…そう突き放すかの様な声音。
それに対し、織姫はハッとしたように目を見開いて、その薄茶の瞳を儚く揺らした。

「…あなたも、私をそう呼ぶのね…。」
「…どういう意味だ?」

怒るでも、怯むでもない、どこか翳りを帯びた切なげなその瞳に、転校生は僅かに首を傾げつつそう尋ねる。
しかし、数秒待っても織姫からの返答がないのを見届けると、すぐにくるりと踵を返した。

「…どこへ行くの?」
「俺がどこへ行こうと、関係ないだろう。」
「あ…。」

肩越しにこちらを一瞥して、冷たく言い放つ転校生。
その背中に声を掛けようとした織姫は、背後からバタバタと響く足音に気付き、後ろを振り返った。

「…井上!」
「あ、黒崎くん。」
「井上、あのさ………!?」

今朝、教室で激しく霊圧が揺れたのは何だったんだ?
…織姫にそう尋ねようとした一護は、彼女の向こうに立つ「その理由」を目の当たりにし、織姫同様愕然とした。

「何…だと…?」

ウルキオラに瓜二つの男が、ゆっくりと振り返る様が、見開かれた一護の瞳に映る。一護はその男と視線を合わせただけで、かつてウルキオラに穴を開けられた辺りがズグリと痛んだ気がして、思わず顔を歪めた。

「何なんだ、さっきから。」

織姫や一護の反応に、面白くなさそうに呟く転校生。
しかし、その顔は「面白くない」という感情すら伴っていないように見えて。
それが尚一層、ウルキオラを彷彿とさせて、一護も織姫も言葉を失う。

「………。」

3人の間を流れる、沈黙の時。
何も言えないまま立ち竦んでいる2人を見限ったように、転校生は溜め息を1つ落とすと、再び2人に背を向け歩き始めた。

「あ、あの!」

言葉を失っていた織姫が、動かなかった口を精一杯に動かし、声を上げる。
転校生はもう織姫を振り返ることもしなかったが、それでもその歩みを止めた。

「あの…1人になりたいなら、屋上がオススメだよ。今日みたいなお天気なら、すごく気持ちいいと思う。」
「…井上!?」
「………。」
「そこの突き当たりにある階段を4階まで上がると、屋上に繋がってるから。」
「……そうか。」
「うん。」

ちらり…と織姫を振り返り、突き当たりの階段へと姿を消していく転校生。
どうやら、自分のアドバイスを素直に受け入れてくれたらしい…ということに、織姫は安堵に似た感覚を覚える。
そして、そんな織姫のどこか嬉しそうな表情に、一護は胸の辺りがざわざわとざわめくのを感じていた…。












「…漆木理央だと?マジかよ!?」「うん…見た目だけじゃなくて、名前までウルキオラくんにそっくりなんだよ…。」

授業後、いつもの帰り道。
歩道に長い2つの影を落としながら、一護は織姫と今日の転校生について話し始めた。

「やっぱり、ウルキオラくんと何か関係があるのかな…。」
「考えすぎだろ?他人の空似って言葉もある。」

かつての敵を、ウルキオラ「くん」と親しげに呼ぶ織姫。
いつもなら、「井上らしい」と笑い飛ばせる筈のそれに、今日は少しの苛立ちを覚えつつ、一護は言葉を返した。

「第一、あの転校生から霊圧も何も感じなかっただろう?」
「でも、あの無表情とかも、『心なんてない』って言ってたウルキオラくんっぽいし…。」
「日本語がよく解らねぇだけじゃねぇの?ハーフなんだろ?」
「でも、例えばウルキオラくんの生まれ変わりとか…。」
「それもねぇよ。俺がヤツを倒したのは、ほんの2年前だぜ?すぐに生まれ変わったとしても、まだ赤ん坊だろ。」
「…でも…。」
「何より、アイツは塵になって俺達の目の前で消えていったじゃねぇか。」
「………。」

一護が次々と突き付ける正論を前に、織姫は次第に顔を曇らせ、やがて俯いてしまう。
けれど、そんな彼女の様子もまた、一護をモヤモヤとさせた。

そもそも、一護はウルキオラという存在に、良い印象など欠片も持ち合わせていなかった。

織姫を突然現世から連れ去り、闘いでは死の淵に追いやられ。最終的には織姫を取り戻したとは言え、自分の中に眠る虚は暴走し、後味の悪い勝ち方しかできなかったのだから。

確かに、あの転校生に自分も驚きはした。
けれど、どうして織姫はあの転校生とウルキオラをこうも結びつけたがるのか。
それがどうにも面白くなくて、「そんな筈はない」と全ての可能性を否定して見せれば、今度は織姫がひどく寂しそうな顔をする。
それが、一護をさらに苛立たせた。

「とにかく、ウルキオラは俺達の敵だったんだ。復活なんてしない方がいい。もう、余計なことは考えるなよ。」
「でも…。」
「ほら、もうバイト先だぜ。」

そう釘を刺す一護に、織姫が再び言葉を返そうとしたその時、2人の足は織姫のバイト先へと辿り着いてしまっていた。

「じゃあな、井上。」
「うん。送ってくれて、ありがとう。」
「おう。」
「また、売れ残りのパン届けるね。」
「廃棄だろ?」
「違うもん!」

ぷうっと頬を膨らます織姫に、一護はプッと小さく吹き出す。

そして軽く織姫に手を上げると、大きく手を振る彼女に背を向けて帰路へとついた。

勿論、あのウルキオラ似の転校生が全く気にならないと言えば、嘘になるけれど。
それでも、最後に織姫と交わしたいつもと変わらない会話が、一護にはひどく嬉しくて。

振っていた手を戸惑いの表情でゆっくりと下げた織姫に気付くこともなく、一護は真っ直ぐに家へと向かったのだった…。




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