真昼の月









「漆木くん…。」

一護と二人きりの屋上。

白い月を見上げながら、織姫が呼んだ漆木の名は、風に千切れ消えていく。

今朝のHRで、担任から唐突に告げられた漆木の転校。

ショックを隠せない織姫に歩み寄り、一護はそっとその肩を抱き寄せた。

「…昨日、何も言ってなかったよね…?」
「ああ。」

一護と漆木が互いの胸の内を語り合い、打ち解けた翌日から、2限後の休み時間の屋上には織姫と一護と漆木の3人がいた。

織姫が差し出したパンを皆でかじりながら、あれこれ楽しそうに織姫が話し、一護が時折突っ込み、それを漆木が眺める…そんな時間を昨日も過ごしたばかりだったのだ。

織姫の手の中には、漆木に食べてもらう筈だったパンの紙袋。
織姫にぎゅっ…と抱きしめられた紙袋が、その胸元でくしゃり、と小さな音を立てる。

「せっかく…仲良くなれたのに…。」

寂しさと悔しさに、唇を噛み締める織姫。
一護はそんな織姫の肩を抱いたまま、白い月を見上げた。

「なぁ…井上。」
「うん…。」
「もしかしたら…アイツは、本当にウルキオラの生まれ変わりだったのかもしれないな…。」
「え…?」

一護のその言葉に、織姫が顔を上げ一護を見上げる。

「でも、黒崎くん『そんなこと有り得ない』って…。」
「あの時は、そう思ってた。でも、漆木と向き合って話をして…少し考えが変わったんだ。」
一護は織姫に視線を落としたあと、再び遠い月を見上げた。

「覚えてるか?2年前…ウルキオラが、消える間際に言ってただろ。『やっとお前たちに興味をもち始めたところだった』って。」
「うん…。」
「それって、何事にも無関心だったウルキオラに『心』が生まれたってことなのかもしれないな…って。最期に、井上が伸ばした指はウルキオラに届かなかったけど…でも、伸ばした指の間にはアイツの『心』があって…その『心』が身体を得て俺たちの前に現れたのかもしれないって…そう思ったんだ。」
「黒崎くん…。」

一護を見上げる織姫の大きな瞳が、ゆらゆらと揺れ始める。

「俺がこんなセンチメンタルなことを言うなんて…らしくない、か?」
「ううん…ううん!そんなことないよ!」

胡桃色の長い髪を揺らし、織姫がふるふると首を振る。

「破面は人間みたいに生まれ変わるわけじゃねぇみたいだし。それにアイツ、相当変わってたし、世間知らずだったしさ。だから、有り得ない話じゃねぇな、ってさ。」
「うん…。」

一護を見上げる織姫の頬を伝い、静かに零れる一滴の涙。
そのまま甘えるように身体を預ける織姫の頭を、一護が優しく撫でる。
「…オマエは、ウルキオラと分かり合えなかったって思ってるみたいだけど、そんなことなかったんだよ。ウルキオラはきっと、虚圏で井上と一緒の時間を過ごす間に、無意識なまま井上に惹かれたんだ。だから…会いに来た。オマエへの気持ちを、『心』を自分で確かめる為に。」
「…そう、なのかな…。」
「ついでに、あの時は矛盾だらけに見えた俺と井上のその後も見届けて…アイツなりに満足したんじゃないかな。だから…。」
「うん…ありがとう…。」

本当のことは、漆木の去った今となっては誰にも分からない。
それでも、一護が出してくれた答えと温もりは織姫の寂しさを癒し、温かさへと変えていく。

「礼を言われるようなことは何もねぇよ。ぶっちゃければ、こんな風に考えられたのはオマエが俺を選んでくれたからだ。…俺、オマエを横取りされたみたいに感じて、勝手に妬いてたからさ。2年前のウルキオラにも、漆木にも…。」
「く、黒崎くん…。」

自分が嫉妬し、その醜さに悩んだことはあっても、まさか一護が嫉妬するなど想像したこともない織姫は、彼からの予想外の告白に、頬を染め戸惑う。
その赤い頬に添えられる、一護の手。

「…どこにも、行くんじゃねぇぞ。俺の…傍にいろよ。」
「はい…。」
「2年前の台詞を、もう一度言わせてくれ。…俺が、オマエを護る。これからもずっと…。」
「はい…。」
織姫の頬に添えられた一護の手が、ゆっくりと顎にかかって。
くっ…と上に向かせると共に、重ねる唇。

それは、2人しか知らない、誓いの口づけ…。












「…さ、パン食ったら教室に戻るか、織姫。」
「うん…って、え、えええっ!?」
「…何だよ?」
「え、あ、う、そそその、もしかして、今私の名前を…!」
「んだよ、漆木がオマエを名前で呼んでたんだ、俺だって負けてられねぇだろうが。それとも、俺に名前で呼ばれるのはダメなのかよ?」
「ち、ちちち違うよ!た、ただ、心の準備が…!」
「で、今日のオススメはどんなパンなんだ?織姫。」
「うわぁぁ~ん、心臓保たないよ~!」










真昼の月。

それは、夜の月のように、明るく光輝くことはないけれど。

太陽の日差しを柔らかく受け止め、静かに青空に溶ける。



















《あとがき》





今回のお話のきっかけはサイトにいらっしゃるお客様からいただいた「もし、ウルキオラに似た人が今目の前に現れたら、一護はどうするんだろう…とか考えてます」というコメントでした。

その後「漆木理央」という名前もお客様からコメントでいただきまして、晴れてお話が出来あがりました次第です。

お名前が分からないんですが、お二方とも本当にありがとうございます!(´▽`)私だけではこの「真昼の月」は誕生しませんでした!

さて、今回一番悩んだのが「ウルキオラ=漆木くん」にすべきかどうか…ということ。
結局、性格までウルキオラそのものの漆木くんは、ハーフの設定にしてもただの高校生というにはあまりにも無理があるよな…と思いまして、あんな感じのラストになりました。

あとは、私の虚圏篇の好きなシーンとか、私なりの一織+ウルキオラの解釈とかを詰め込んであります。

私としては、ウルキオラは織姫を好きだったかもしれないけど、本人がそれに気付いたのは消える直前(手を伸ばしたところ)だったんじゃないかな~と思っていて、一護もあの頃既に織姫を好きだったんだけど、明確に恋とは自覚してなくて…みたいに思っています。
一織サイトなら、一度は挑戦したかった一織+ウルキオラのお話が、こうして形になって嬉しいです!

それから、最近ずっと短めのお話ばかり書いていたので(やっぱり楽なんですよね)、10ページ程度のお話を書き終えたのも達成感があります。勝手に(笑)。

読み手の皆様も亀更新にお付き合いくださり、本当にありがとうございました!(o^∀^o)




(2017.02.04)
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