真昼の月






「話…?」
「ああ。」

まるで心当たりがない、と無表情のままアップルパイを一口かじる漆木。

一護もまたピザパンを一口頬張ると、漆木を真っ直ぐに見つめたまま、ゆっくりと咀嚼し、飲み込んだ。
そして。

「俺…井上が好きなんだ。だから…井上に告った。」
「……。」
「それで、井上もオッケーをくれて…付き合うことになったんだ。」

サァッ…と風が屋上を吹き抜け、一護のオレンジ色の髪と漆木の漆黒の髪を揺らす。

「……何故、わざわざそんなことを俺に言う?」
「お前も、井上が好きだったんじゃねぇの?」
「好き?俺がか?」

漆木は一見、無表情なままで…しかし、その緑色の瞳にほんの僅かの動揺を映し出す。

「違うのか?」
「……解らない。」
「だって、お前毎日ここで井上を待ってたんだろ?」
「………。」
「井上を心配して、保健室まで来たんだろ?」
「………。」
「アイツを名前で呼んだだろ?『織姫』って。」
「………。」
「アイツにずっと笑っててほしい、って思うだろ?泣いたりすると、泣くなよって…思うだろ?他の誰より傍にいて、くるくる面白いぐらいに表情を変えるアイツをずっと見ていたいって…そう…思うだろ…?」
「………。」

一護の矢継ぎ早の問いかけを、手の中のアップルパイを見つめたまま聞いていた漆木は、少しの沈黙の後。

「…よく分からんが…この感情が、『好き』なのか…?」

自問するかのように、低くそう呟いた。そんな漆木を見守るような眼差しで見つめていた一護が、ゆっくりと口を開く。

「…俺は、お前じゃねぇから、お前の感情は解らねぇ。けど、そうやって自分の感情に戸惑う感覚は、何となく解る。」
「何だと?」

一護が理解を示したことが意外だったのだろう、漆木が顔を上げる。
一護は漆木に一つ頷いて見せたあと、言葉を続けた。

「…俺も長いこと、井上に対するこの気持ちが何なのか、何て呼んだらいいのか…解らずにいたからさ。だから…お前のそういう気持ちは、ちょっとだけ解るんだ。」
「………。」

思い返せば、高1の秋、織姫に「オマエを護る」と誓ったあの時には、既に特別な感情を抱いていたに違いない。

けれど、あの頃の自分には解らなかったのだ。

己の中に宿るその想いを、どんな名前で呼べばいいのか、どんな言葉で語ればいいのか…。

自分の心なのに、解らなかった。

「自分が一番解ってて当然なのに、自分の気持ちが解らないって…モヤモヤするよな。俺もそうだった。」
「………。」
「だから、お前には感謝してるよ、漆木。お前が現れて、井上の心を奪われるかもしれない…そこまで追いつめられてやっと、俺は自分の想いに気がつけたんだ。」
「そうか。」
「漆木…お前はどうなんだ?お前はお前の感情に…答えが出せそうか?」

一護の問いかけに、漆木は青い空を仰ぐ。
そこに浮かぶ白い月を見つめ、漆木は噛み締めるように呟いた。

「俺は…織姫が…好きだ。」
「ああ。」「織姫は、いつも笑顔で、楽しそうで…それが居心地よくて、だが不思議だった。俺はあんな風に笑えないから…何がそんなに楽しいのか、織姫に興味をもった。」
「…ああ。」
「織姫は、俺が黙っている横で、毎日楽しそうに色々な話を聞かせてくれた。だから聞いたんだ。『お前は何故そんなに楽しそうなんだ』と。」
「…井上は、何て?」
「織姫は『好きなもの、好きな人に囲まれているからだ』と答えた。例えば学校の友達、美味しい食べ物、お笑い芸人、可愛いぬいぐるみ…そして…。」






『あと…黒崎くん。』
『黒崎くん?』
『ほら、オレンジ色の綺麗な髪の毛の男の子だよ!』
『…ああ、あいつか。アイツが好きなのか?』
『うん!…本当に、大好き…なの…。』








「…井上…。」
「織姫は、お前の話をしている時が一番楽しそうだった。どんな美味しい食べ物より、面白いお笑い芸人より、織姫にはお前が一番なんだ…と俺にも解った。」
「…漆木…。」

一護はふわりと心が浮き立つような喜びと、胸がツキリ…と痛むのを同時に感じた。
織姫が、自分への恋心を漆木に打ち明けていたことが嬉しくて。
けれど、無自覚なまま織姫に惹かれていた漆木は、同時に織姫の心は自分に向くことはないと知らさていたのだ。

漆木に同情し、複雑な表情を浮かべる一護。
しかしそんな一護とは対照的に、当の漆木は実に淡々と言葉を続けた。

「だから…俺はお前にも興味をもったんだ、黒崎一護。」
「…俺…に…?」

予想外の漆木の返しに、面食らい、一護が唖然とする。
「だが…今、解った気がする。織姫が、お前を想い続ける理由が…。」
「…そ、そうなのか…?」

困惑する一護を余所に、1人納得したように頷いて、またアップルパイを口に運ぶ漆木。
その表情は相変わらず無愛想そのものだったが、一護は僅かに口元に笑みを浮かべたような気がした。

「…なんつーか…俺の予想と色々違って驚いたけどよ…お前が納得できたなら、それでいいのかな。」
「予想?」
「いや…その…俺、お前によく似たヤツと2年前に井上を取り合ったことがあってさ…。お前とも、そうなるんじゃないかって、ちょっと思ってたから…さ。」
「それは、織姫が以前俺に話していた男か?」
「ああ、多分。」

一護と漆木は並んで屋上のフェンスにもたれ、それぞれ手にしているパイとパンを黙々とかじる。

暫くは何の会話もない、静かな時間が流れたが、一護がピザパンを完食した頃、ポツリ…と漆木が呟いた。

「…もしかしたら、俺は…。」
「あ?」
「いや…何でもない。ところで…このパンは確かに美味いが、随分とボロボロ零れる食べ物だな。」
「ああ、アップルパイってそこが難点だよな。俺もキレイに食えた試しがねぇよ。」
「そうか。」
「てか、お前人生で初めてアップルパイ食ったのか?まぁいいけどよ。」

そんな会話を交わしながら、一護は漆木とはこの先も上手くやっていけるんじゃないか…とぼんやり考えていた。



しかし、数日後。



漆木は、空座第一高校から、姿を消した。


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