真昼の月






白い砂の月

眩しくて 見えない

けれど

確かに そこにいて

わたしと

あなたを

秘密の国に

そっと 閉じ込める








《真昼の月》






「おはよー、一護!」
「はよ、たつき。」

朝、教室のドアを開けて、一護がたつきと挨拶を交わす。

ユーハバッハとの血戦後、しばらくはそんな当たり前のやり取りにすら軽い感動を覚え、そんな自分に苦笑していた一護。

だが、秋が深まるにつれて次第にそれも薄れていき、今はごく普通の高校生兼死神代行という、かつての一護が望んだ「日常生活」に馴染んできたところだった。

「…ところでさぁ、一護。」
「あ?」

教室のその他の友人とも、適当に挨拶を交わしながら席に着き、鞄を机に置いた一護に、たつきがそっと近づいて声をかける。

「…あんたさ、そろそろ織姫とはどうなのよ?」
「は?」

鞄から出した教科書やノートを机にしまいながらの、あまりにもそっけない一護の返事。
たつきは内心少しの苛立ちを伴いながらも、言葉を続けた。

「は?じゃないわよ!何が向こうの世界であったのか、あたしにはよく解らないけどさ。けど、あんたと織姫の距離がまた縮んだっぽいことは解るんだから!」
「…意味わかんねぇ。」
「はぁ!?一護、あんたマジで言ってんの!?あたしはね、あんたにならあたしの織姫を任せてもいいって…!」「おい、先生来たぜ。」

はじめは声を潜めていたたつきが、一護の淡白な態度に次第に声を荒げ始めた時、ガラリと開いた教室の扉。

いつもより少し早めに教室に現れた担任に、たつきは1つ舌打ちをすると、踵を返してスタスタと席に戻っていく。

一方の一護は、絶妙なタイミングで現れた担任に内心感謝しつつ、ふう…と大きく息を吐き出した。








「…で、今日から3年7組に新しい…」

HRで担任が告げる今日の連絡を、話半分で聞きながら。
一護は窓ガラスの向こう、秋晴れの空を眺めていた。

『織姫とは、そろそろどうなのよ?』

そう尋ねたたつきの言葉が、頭にやけにこびり付く。

『…どうって…どうなんだよ。』

そんなのは、こっちが聞きたいことだ、と一護は心の中で言い返した。

織姫が、自分の中で特別な存在であることは間違いない。

そして、ユーハバッハとの闘いを経て、織姫との距離感が変わったのも確かだと思う。

言葉にしなくても、自分の考えや思いを汲み取ってくれて、自分のやりたいことを常に優先して動いてくれる織姫。
そんな彼女の存在は、口下手で不器用な一護にはとても心地よかった。

たつきやルキアのように、遠慮なく言葉をぶつけ合える存在も、勿論貴重だけれど。
織姫と一緒にいると、いつの間にか柔らかく温かな空気に包まれて、自然に眉間の皺が緩んでいくのが一護自身よく解っていた。

けれど一方で、織姫がふとした瞬間に見せる表情やしぐさが、自分が知っていたかつての無邪気なそれとは違うことに、ひどく戸惑ってもいた。
織姫と一緒にいることは、自然で気楽で心地よい…そう思った次の瞬間、突然過剰に彼女を意識してしまって、いてもたってもいられなくなる。

果たして、この感情、は。

『何だってんだよ、くそ…。いいじゃねぇか、今のままだって…。』

青空に霞む白い月を睨みながら、一護は再び小さな溜め息を零す。

そして、眉間に皺を寄せながらも、脳裏をよぎる胡桃色の彼女の霊圧を無意識に探ってしまった一護は。

「……!?」

2つ向こうのクラスにいる織姫の霊圧が、激しく揺れ動いていることに気がつき、目を見開いた。













「…え~、今日から3年7組に1人、仲間が増える。」

その頃。
織姫のいる3年7組は、時期外れの転入生に騒然としていた。

「きゃああ、カッコいい!」
「ねぇ、もしかしてハーフじゃない!?素敵!」
「うわぁ、こんな時期に何でこんなイケメン野郎が転校してくるんだよ~!」

女子の黄色い声と男子の嘆きの声が飛び交う、その中で。

「………!」

織姫だけが愕然とし、青白い顔で黒板の前に立つ青年を見つめていた。

「あー、お前らウルサいぞ!今から、転校生に自己紹介してもらうから。」
「…漆木理央(うるぎりお)です。よろしくお願いします。」

にこりともせず、軽く頭を下げる青年に、織姫の目は釘付けになる。

大きな緑色の瞳、色白の肌、漆黒の髪。

教壇からこちらを見下ろす視線は、冷静と言うよりむしろ、無表情、無感情。

そしてたった今彼が告げた、その名。
「…ウルキ…オラ…。」

織姫の唇から零れ落ちたその呟きは、クラスメイトの喧騒に紛れて消えていった…。












「ねぇねぇ、漆木くん!漆木くんってハーフなの!?カッコいいね!」
「どこから来たの?やっぱり外国から!?」
「何か解らないことがあったら、私達に何でも聞いて!」

1時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った直後。
ウルキオラ似の転校生の席は、早速クラスの女子に囲まれていた。

それを遠巻きに見守りながら、織姫はキュッと胸の前で両手を握りしめる。

…頭には、何も被っていない。
身体に穴も空いていない。
あの霊圧も、感じない。

…けれど…。

「ねぇ、漆木くんは…」



バン!




突如、し…んと、静まり返る教室。
彼を囲んでいた女子生徒達がギョッとして言葉を失い、凍り付いた様に固まる。

ウルキオラ似の転校生が、机を派手に叩きながら立ち上がったのだ。

2年前の記憶に思いを馳せていた織姫もまた、その音にハッとし、我に返った。

「…五月蝿い。」
「え?」
「邪魔だ。」
「あ、漆木くん!?」

幾重にも自分を取り囲んでいた女子生徒達の隙間を乱暴に通り抜け、転校生は無言で教室を出て行く。
クラスの皆が唖然とし、黙ってその背中を見送る中。

「…待って!」

織姫だけが、彼を追いかけ、教室を飛び出していった。




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