夢であるように






「井…上…。」

織姫の告白に、一護が複雑な表情を浮かべる。

嬉しい筈だ。
織姫の方から、自分を好きだと告げてくれたのだ。
…なのに、喜べない。
笑えない。

思考が感情に追いつかず、一護はそれが何故なのか、織姫の言葉をもう一度脳裏で反芻する。




『私、黒崎くんのことが、ずっと好きでした』




好き『でした』?

…何で、過去形なんだ?


「実はね、私高校1年の頃からずっと…6年も黒崎くんのこと好きだったんだ。だから…迷惑かもしれないけど、ちゃんと黒崎くんに伝えなくちゃ…って。」
「迷惑…?」

何が、迷惑?
何で、迷惑?

困惑する一護をよそに、織姫は涙をこらえながら6年という時間を噛み締めるように夜空を仰いだ。

「店長にね、言われたの。彼を想う気持ちを伝えなければ、彼にとっては『無かった』ことになっちゃうよ、それでいいの?って。私自身の為にも、6年分の想いをきちんと伝えて…そうして初めて、新しいスタートラインに立てるんだと思うよ、って。」
「井上…?」
「だからね、伝えたかったの。私が黒崎くんをずっと大好きだったこと。…それで、明日からは、私なりに新しい世界を生きていく。黒崎くんに頼らない世界を。」
「いの…。」



新しいスタートライン?

新しい世界?

俺に頼らない?



ただただ戸惑い立ち尽くす一護と、夜空に瞬く星を見上げる織姫。

想いも、視線すらも交わらないまま…それでも織姫は、何とか自分の気持ちを声にできたことに安堵し、はぁ…っと大きく白い息を吐き出した。
「この10日間、ずっと避けたりして…ごめんね。私、もっと自分を磨く。いつか、今よりもいい女になるよ。その時には、きっと黒崎くんと笑いあえると思うから。」

そこまで告げると、漸く織姫は一護を見た。

けれど、それも一瞬。

もし一護から何か言葉を掛けられたら、今必死に抑えている涙が、きっと溢れ出してしまうから。

そして、また彼の優しさに縋ってしまうから。

だから、織姫はすぐに踵を返す。

「聞いてくれてありがとう、黒崎くん!じゃあね!」

走り出す織姫。

一護は呆然としたまま、何も出来ずに胡桃色が夜の闇に溶けていくのを見送った。

もう夜だから送らなければ…とか、多分頭の片隅では考えていたのに、足が地面から離れなかった。
そして、ぽっかりと大きな穴が空いたような頭に、今更思い切りぶん殴られたような衝撃が走る。

「俺…フられた…?」














「よう一護、久しぶりだな!」

数日後。
一護は恋次に呼び出され、尸魂界にある恋次とルキアの新居に来ていた。

真新しい畳が香る部屋に2人が向かい合って腰を下ろせば、侍女のちよがすぐにお茶と茶菓子を持ってきて机の上に置く。

「ルキアは?」
「旦那様が黒崎様を穿界門までお迎えに行っている間に、女性死神協会の集まりが急遽できたとのことでお出かけになりました。」
「そうか。ありがとな。で、ちよ、あれを持ってきてくれ。」「はい。」

深々と頭を下げ、「ごゆっくり」と告げると部屋を出て行くちよ。
2人だけになったところで、一護は些か不満げに恋次に話しかけた。

「…で、今日俺を呼び出した理由は何だ?」
「ああ、実はな…。」

恋次がそこまで言うと再び部屋の障子が開き、ちよが5つの包みを持って入ってくる。

「一護様、こちらをお納めください。」

ちよにその包みをスッと差し出された一護は、これは何なのか…と尋ねる代わりに恋次を見た。

「それはな、俺とルキアの結婚式にわざわざ祝儀まで持ってきてくれたお礼だ。5つある。一護、井上、石田、チャド、あと一護の親父さんの分だ。受け取ってくれ。」
「お礼?そんなのいらねぇよ。大した金額包んでねぇんだし。」

風呂敷からして豪華な包みの山を押し返そうとする一護に、恋次は「まあそう言うな」と笑う。

「これはウチの隊長からの心遣いでもあるんだ。受け取ってくれなきゃ、俺の立場がねぇ。ま、お前に現世で配ってもらう一手間をかけるのは申し訳ねぇがな。」
「別に、それはいいけどよ…。」
「ちなみに、中身は反物だ。お前らの髪や肌の色に合わせた、いいヤツが入ってるらしいぜ。ルキアの見立てだ!」
「…それは…マジであんまいらねぇかも…。」

少なくとも自分にとっては非実用的な中身に、一護が微妙な顔をする。

しかし、恋次はそれには気付かずガハハと豪快に笑って、ちよに下がるように告げた。
「…で、だ。そっちはどうだ?」
「は?何が。」
「何が、じゃねぇよ、井上だよ!あれからどうなったんだよ?」

ちよが下がった途端、ニヤニヤと笑いながら身を乗り出す恋次。
一護は視線を逸らし、あからさまにムッとした口調で答えた。

「…フられたよ。」
「へ~、そうか……って、なにぃぃっ!?…っとアブねぇ!」

驚きのあまり机にバンと手をついた恋次が、その勢いで危うくひっくり返りそうになった湯のみを間一髪で受け止める。

「は!?今、お前なんつった!?」
「…だから、フられたんだよ!2回も言わせんな!」

ヤケクソになった一護が、恋次に噛みつくように叫ぶ。
一護のまさかの返答に、恋次は驚愕し顔を青くした。

「んな、バカな…!お前一体何やらかしたんだよ!?」
「わかんねぇよ!」

そんなの、こっちが知りたいことだ…と言わんばかりに声を荒げたあと、一護は恋次から視線を逸らし、低い声でブツブツと言葉を続ける。

「…2週間前ぐらいか…突然アイツに避けられるようになってさ。漸く井上を捕まえて俺が告ろうとしたら、それを阻止するみたいに『俺がずっと好きだった、けど明日からは俺のいない世界を生きていく』とか宣言されてさ。」
「…『好きだった』って、何で過去形?」
「んなの、俺が聞きてぇよ!」

一護はまるでやけ酒を煽るかのように、緑茶をグイッと飲み干して。
湯のみをダン!と机に置くと、はぁ~っと深い溜め息をついた。



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