夢であるように






まだ制服に身を包んでいたころ心に描いていた、未来へと歩き出す

その時、手を繋いでいるのがアナタだったなら…そんな夢を、捨てきれないまま

どうか、こんな現実が「夢であるように」と願うことしかできない僕は、なんて無力なんだろう








《夢であるように》









『話……あるから、今度時間作ってくんねーか?』






織姫は夕暮れに染まる街並みの中、一護と約束している喫茶店へと小走りで向かっていた。

尸魂界での恋次とルキアの結婚式の帰り道、「話がある」と一護に告げられた織姫。

「今からでも大丈夫だよ?」と答えれば、一護は急に焦りだし、「いや、それはちょっと…」と言葉を濁して。

そうして、改めて時間を…と約束したのが今日だった。

大学生の一護と、社会人の織姫。
なかなか合わない都合を何とかつけての約束は、織姫の心をさざめかせた。

互いに違う進路を選んだ今でも、一護は時々織姫の働く店に顔を出してくれるし、虚退治も一緒にしている。
それでも、高校時代のように毎日会うことはできないし、会えたとしても仕事や虚退治の合間では長い時間を一緒に過ごすことはできなくて。

だから、こうして一護に会える…そのこと自体はとても嬉しかった。

けれど。

「何だろう、話って…。」

一護がわざわざ「時間を作ってほしい」と言うほどの用件とは、一体何なのか。あの時の一護の表情は、どこか深刻そうに見えた。
何か、良くない話なのでは…そんな不安が織姫の心の片隅に波紋を作る。

「考えすぎかなぁ…。」

もうユーハバッハは倒したし、霊王の問題も一応の解決を見せた。
尸魂界も復興への歩みを確実に進めている。

「う~…気のせいだよ、大丈夫!とりあえず今は、約束の時間に間に合うのが大事!」

今日だけは仕事を早く切り上げるつもりだったのに、伝票の整理に思いの外時間を取られてしまった。

織姫は小走りだった歩みを更に速め、約束の場所へと向かった。











「あれ~?一護じゃん!偶然~!」

喫茶店の一角でコーヒーをすすっていた一護が、その声にバッと振り返る。
そこには、いつもより数段着飾った、同じ大学のゼミの同級生が立っていた。

「何だ、オマエかよ…。」
「何それ、冷たい反応ね~。」

直ぐに椅子に座り直し、何事もなかったかのように振る舞う一護。
その女子大生はいささか不満そうに一護の向かいに座った。

「誰かと待ち合わせ?」
「まぁな。」

愛想のない返事をし、一護が再びコーヒーをすする。
そんな一護を、女子大生はじっと見つめた。

「一護、何かピリピリしてる?」
「うるせぇよ。」

やたらと探りを入れてくる同級生。
名前すら思い出せない彼女を突っぱねながら、一護は内心自分を落ち着かせるのに懸命だった。

全然違う声質なのに、彼女が自分の名を呼んだ時、ついに織姫が来たのか…と跳び跳ねた心臓は、未だバクバクと音を立てていて。平静を装っているつもりなのに、知人程度の女子大生にすら「ピリピリしている」と見抜かれてしまう始末。

(こんなんで、実際に井上が来たら告れるのかよ、俺…。)

頭の中では、今日のシミュレーションを散々重ねてきた筈なのに。
一護は小さな予定外の出来事にいちいち動揺する自分に呆れ、ひっそりと溜め息をついた。






恋次とルキアの結婚式の後、穿界門へと向かう道で恋次に掛けられた一言。


『あんないい子を、あんま待たせんじゃねぇぞ』


その言葉に、一護は「わかってる」と返した。

そう、何となく「わかっていた」のだ。

織姫と自分の間にある想いは、最早「仲間」でも「友人」でもないこと。

そして、自分がその殻を破る一言を言えないが為に、織姫を「待たせている」ことも。

それでも、つかず離れずの今の関係も決して居心地悪くはなくて、ズルズルと今日まで来てしまった。

…けれど、戦友であった恋次とルキアの祝言や、それを見て号泣する織姫を目の当たりにした時、漸く「このままじゃいけない」…そう思えるようになって。
更に、恋次に駄目押しのようにヘタクソな気遣いをされて。

ついに一護は、織姫に告白する決心を固めたのだった。



「…ところで、そっちは何の用事なんだよ?随分と派手な格好してっけど…。」

井上は、こんな格好しねぇよなぁ…でも、そういう清楚で飾らないところがいいんだよな…などと、無意識の間に織姫と比較しながら一護が尋ねる。
「私?私はここで友達と待ち合わせ。今からライブなの!アリーナのいい席が取れたんだ~!」

ウキウキしながらそう答える女子大生に、一護は「成る程」と納得した。

「へぇ。そういや、ここからデカいコンサート会場まで電車で1本だったな。誰のライブなんだ?」
「それがね、聞いてよ一護!実はね…!」

そんな世間話をしている一護の胸のポケットで、スマホがふいに震える。

一護はハッとして、スマホの画面に指を滑らせた。
やはり、メールの差出人は織姫。

「…遅れるのか?」

スマホが液晶に映し出すデジタルの数字は、約束の時間から5分ほど経過している。
自分と違い、社会人の織姫。
仕事が長引くことだってあるに違いないし、遅れるならそれはそれで気持ちを落ち着ける時間が持てて好都合…そう思いながら一護は画面を指で弾く。

…しかし。

「え?」
「どうしたの?一護。」

拍子抜けしたような顔の一護に、女子大生が小首を傾げる。



『ごめんなさい。そちらへは行けなくなりました。』



織姫からのメールに、呆然とする一護。

テーブルの上では、飲み残したコーヒーの水面が、一護の動揺を映すかのように揺れていた。





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