初めてのワガママ







「…ただいま。」
「く、黒崎くん!?どうしたの?」

驚くだろうな、とか。
アイツは俺の再訪を喜んでくれるかな、とか。

そんなことを考えながら、夜道をひた走って辿り着いた、井上の部屋。

インターホンを押せば、大きな目を更にまん丸くした井上が開いたドアの向こうにいた。

俺は少し上がった息を整えながら、そのドアの隙間に身体を差し入れて。
後ろ手で鍵をかけ、戸惑う井上と向き合う。

「…足りなかった。」
「え?」
「オマエと過ごす時間が、全然足りなかったんだ。」

気の利いた言い回しや、シャレた言葉を思いつくような器用さは、残念ながら持ち合わせていなくて。

せめて、どこまでも正直に、真っ直ぐに、俺の想いを告げれば、薄茶の瞳を僅かにうろうろと彷徨わせる井上。

「黒崎…くん…。でも、黒崎くんの家の門限が」
「だから、門限通りに帰って、また来たんだ。遊子と夏梨には許可をもらった。」

俺がそう言えば、井上が驚いたように俺を見上げる。

「本当に?遊子ちゃんと夏梨ちゃん…寂しがってなかった?」
「全然大丈夫だったよ。アイツら、俺やオマエが思うよりずっと、『大人』になってた。だからさ…たまには、俺のワガママ聞いてくれねぇ?」

そう、これは多分付き合いだして初めて俺が口にする「ワガママ」。

お互いに初めてのカレカノで、色んなことが手探りで。時には余計な気をまわしすぎちまう俺達だから…すれ違わない為にも、きっと必要なのはこんな素直な「ワガママ」なんだ。

「…違う、よ。」
「へ?」

けれど、ぽつり…と井上の唇から零れたのは、「YES」でも「NO」でもない言葉で。
困惑の声を漏らす俺の前、突然ぽろぽろと涙をこぼし始めた井上に、俺は更にうろたえた。

「い、井上?何で泣いて…!」
「…違うの、それは私のワガママなの…。黒崎くんに帰らないでほしい、もっと一緒にいられたらいいのに…って、本当はずっとそう思ってて…。初めは黒崎くんの恋人になれただけでめちゃくちゃ幸せだった筈なのに、どんどん欲張りになっていく自分が嫌で…。」
「井上…。そんなの、俺だって一緒だぜ?」
「私のワガママで、夏梨ちゃんと遊子ちゃんに寂しい思いさせちゃいけないって思ったから…。」

溢れる涙を拭いながら、そう打ち明けてくれる井上。
きっと、真面目な井上は、俺と親しくなればなるほど、悩んだり、不安になったりしたんだろう。

それは俺も同じで…何より、俺と井上の「ワガママ」のベクトルが、同じ方向を向いていたことが嬉しくて。
俺は震える彼女をそっと抱き寄せた。
「そっか。けど、アイツら井上のことも大好きだからさ…ちゃんと解ってくれてるよ。あとは、門限は気にしなくていい代わりに、もっとオマエを家に連れて来いってさ。」
「うん…ありがとう…。」

玄関先でしばらく抱き合って、井上の胡桃色の髪を何度も撫でて。
ああ、じわじわと胸が温かくなるこの感覚が、「愛しい」ってことなんだろうな…なんて、柄にもなく思ってみる。

「もう一度言うよ。だだいま、井上。」
「…おかえりなさい、黒崎くん。」

腕の中、すりっ…と俺の胸板に頬を擦り寄せる井上と、いつもの挨拶を交わして。
そうして、潤んだ瞳のまま微笑む井上の手を取り、今日二度目の井上の部屋に足を踏み入れる。

時間を気にせずに2人で過ごせる夜に、期待を馳せながら…。












「…あのさ、井上。」
「はぁい?」
「その…今夜はここに泊まってくつもりなんだけど…いいよな?」
「…っ///!は、はい、何もない部屋ですが、ごゆるりとおくつろぎくださいませ!」
「お、おう…///。」
「でも、うちのベッド、普通のシングルベッドだから黒崎くんにはちょっと狭いかも…。」
「ああ、大丈夫だよ、くっついて寝れば何とか…。」
「…え?い、一緒に…寝る…の…?///」
「へ?…あ!いや、悪りぃ!勝手にそういうモンだとばっかり…!」「う、ううん!悪くなんてないよ!その…一緒でよければ…おくつろぎくださいませ…です…///。」
「お、おう…///。」







(ドキドキして全然くつろげない夜の始まり)





(2017.12.17)
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