関連短文(過去拍手文より)






《1.5人ぐらし小ネタ~初めてのコラボレーション~》





「ごちそうさまでした!」
「おう。」

井上が、空っぽの丼を前に笑顔でパチンと手を鳴らす。

今日は平日で、俺は大学、井上は仕事。

けど、大学の帰り道、無性に井上に会いたくなって、「最近、親子丼の作り方を覚えたから」なんて口実とスーパーで買った食材を引っさげて、井上の部屋を訪れた。

合い鍵を使って井上の部屋に上がり、親子丼を作って彼女の帰りを待てば、幸い残業はなかったようで7時前には井上が帰宅。

突然の俺の来訪と親子丼に感激して「ぶわぁ~っ!」と泣く井上はマジで可愛いと思ったし、遊子がよく言う「作った料理を完食してくれるのが何より嬉しい」って言葉が、実感として解るようになった。

…けど…。

「なあ、井上。」
「うん…なぁに?」

2人で食器を洗い上げ、適当にテレビを付けて、ラグに並んで腰を下ろして。
ここ数日会えなかった時間を取り戻すかのように井上と抱き合っていた俺は、食事の時からずっと感じていた違和感の正体を探る。

「オマエ、ずっと何か考え事してるだろ?」
「え?」
「…仕事のことか?」

的中。
途端に、俺の腕の中で視線を彷徨わせる井上。

コイツは本当に隠し事がヘタで…そして俺は心が狭い。

だって、俺といる時間は、仕事より俺のことを考えてて欲しい…なんて我が儘な感情を、少なからず持ち合わせているのだから。
「何、考えてたんだ?」
「う、ん…。」

井上の言葉にはどことなく躊躇いの空気が漂い、俺はますます負の感情を募らせる。

そう言えば、少し前にバイトで新しい大学生の男が入った…って言ってたし、もしかしてソイツに告られたとか?

もしくは、井上目当てであの店に通ってるヤツが、つきまとうような行動に出たとか?

「俺に話してくれれば、力になれるかもしれねぇし。」
「黒崎くん、困らない?」
「何でだよ、俺とオマエは付き合ってるんだろ?」

井上が高校生だった頃から、一人暮らしのアイツによくしてくれていたあの店。
だから疑うつもりはないんだが、新聞で見かける「ブラック」だの「ハラスメント」だのの単語が俺の脳内をよぎる。

俺がどうにかして井上の考え事を引き出そうとすれば、少し困ったような表情の井上がゆっくりと口を開いた。

「あのね、黒崎くん。」
「お、おう…。」
「実は、明日職場で会議があってね。新作パンの提案をしないといけないの。」
「し、新作パン…。」
「でも、なかなかいい案が浮かばなくて…。」
「………。」

えーと、「ABCookies」の店長さん及び店員さん及びお客さん、疑ってすいませんでした。

とりあえず心の中で詫びを入れた俺の目に映ったのは、つけっぱなしになっているテレビから流れるどこぞの大手メーカーのパン屋のCM。
「こういう大手メーカーなら、他の企業やキャラクターとコラボとかするんだろうけど、個人のパン屋はなかなか…ね。」
「成る程な。」
「お値段もそこそこで、美味しくて、今までにないようなパンがいいの。」
「難しいな、そりゃ。」
「これまでにも何度か提案したことあるんだけど、いつも店長に『織姫ちゃんの発想は斬新すぎるね』って言われちゃうんだぁ。」
「………。」

俺の腕の中でしゅんとする井上と、店長の反応も最もだと内心頷く俺。

「バター醤油で炒めたポテトサラダのグラタン風オムレツパン」とか言い出しかねないからな、井上は。

まぁ、見た目がちょっとアレなだけで、井上の料理はちゃんと美味いんだけど、井上のレシピは本人にしか再現できないんだよな。

うーん、とぴったりくっついたまま、2人で唸って。
テレビをちらりと見れば、再び流れる先程の大手パンメーカーのCM。
パンを買って点数を溜めると手に入る、有名ブランドとのコラボエプロンを身に付けた女優が微笑んでいる。

「…カネのかかったあのコラボ企画に勝てる気はしねぇけど…エプロン姿なら井上のが上だな。」
「え?」
「や、何でもねぇ。」
「あ!」
「へ?」

突然、声を上げた井上がばっと顔を上げ、キラキラした大きな瞳で俺を見た。

「ねぇねぇ黒崎くん!もし黒崎くんと私が一緒に考えたパンが採用されたら、それって2人のコラボパンってことかな!?」「あ?…ああ、そうか、そうだな。」
「わあぁ!じゃあ、頑張って考えなくちゃ。黒崎くんとのコラボパンが店頭に並ぶなんて、ドキドキしちゃう!大企業に負けていられないっすね!」

井上は照れたように笑ったあと、俺をまじまじと見つめて。

「黒崎くんとのコラボなら、やっぱり素材はイチゴで…。」
「ぶっ!そのまんまじゃねぇか!井上のことだから『あんこ、あんこ』言うかと思ってた。」
「だって、あんパンはもうお店にあるもん。イチゴがそのまんますぎるなら、オレンジで押してみる?」
「それも見たまんまだろ。それなら、井上の髪の色からとって胡桃を使うってのはどうだ?」

そんな、冗談のような本気のような話をじゃれあいながらしていれば、あっという間に訪れた帰宅時間。

俺と井上のコラボパン会議も終わりを告げ、内心離れがたいと思いながらも俺は玄関先でスニーカーに足を突っ込んだ。




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