幻のセカンドボタン






…そして、卒業式。

毎日を惜しむように過ごす私の間をすり抜けて、その日はあっという間にやってきた。

式も、最後のHRも滞りなく終わり、在校生達に見送られながら、運動場のあちこちで卒業生が最後の別れを惜しみ、それぞれの門出を祝う。

「そんなに泣かないで、井上さん。」
「うう…ありがとう、石田くん。石田くんの答辞、すごく感動したよ。」

大好きな人達との別れに、涙が止まらない私の背中を、優しく撫でてくれる石田くん。

「ありがとう。最も、答辞じゃとても言えない『色んな出来事』の方が、よっぽど思い出深い3年間だったけどね。」
「あはは、本当だね。」

そうだね。
今私が見上げてる石田くんの穏やかな笑顔は、色んな出来事やしがらみを乗り越えて、お父さんとのわだかまりも解けたから見られるんだよね…。

そう思ったら何だか嬉しくて、私が涙を拭いながら笑顔を見せれば、今度はそばにいた茶渡くんが私の頭をポンと叩いた。

「ム…井上、そうやって笑ってる方が井上らしくていい。」
「茶渡くんもありがとう…ふぇっ…。」
「ム…しまった、力が強すぎたか?」
「ううん、全然大丈夫だよ…優しくされると、泣けちゃうんだよ…うぇぇっ…。」

茶渡くんにも、いっぱいいっぱい支えてもらったよね。
辛い時に頑張れたのも、茶渡くんが一緒だったからだよ…ありがとう…。
「ああっ!あたしのヒメ!離れ離れなんて考えられない!」
「織姫、絶対にパン買いに行くからね!」
「私も!織姫、元気でね!」
「ありがとう、千鶴ちゃん、みちるちゃん、鈴ちゃん、真花ちゃん!」

高校3年間を一緒に過ごした大好きな友達。
みんなと抱き合うのは、3年分の「ありがとう」を伝えたいから。

「ああ、ヒメとこうして永遠に抱き合っていたい…痛いっ!」
「いい加減に離れな、千鶴。」
「たつきちゃん!」

さっきまで空手部の後輩達に囲まれていたたつきちゃんがいつの間にか隣にいて、千鶴ちゃんの頭に卒業証書が入った筒を落とす。
こんな光景も、今はただ愛おしい。

「織姫、卒業したって、別々の道を歩いたって、あたしと織姫は親友だからね!」
「うん!絶対だよ!」

ぎゅっと抱き合ったあと、いつものように私の頭を撫でてくれるたつきちゃん。
せっかく止まっていた涙が、またじわりと浮かんでしまう。

「今まで、本当に本当にありがとう、たつきちゃん…あれ?」

でも、涙で少し滲んで見えるたつきちゃんの制服姿に、何となく覚える違和感。
私が涙を拭ってもう一度たつきちゃんを見ようとしたその時、ふいに後ろから名前を呼ばれた。

「い…井上さん!」
「はい?」

私が振り向けば、そこには緊張の面持ちで立っている下級生の男の子がいた。

「俺、2年の高木っていいます。あ、あの…。」
「おい、ちょっと待てよ高木!」
「抜け駆けすんのかよ!」「ほ、ほえ?」

高木くん…という名前らしい男の子が私に何か伝えようとしたみたいなんだけど、後ろから次々と他の男の子達がやってきて。
更に、よく解らないけど何だかもめ始めた。

事態が飲み込めず、私がただ呆然としてそれを眺めていれば、急にぐっと後ろに引かれる私の腕。

「…おい、井上。」
「あ…黒崎くん!」

見上げた先、抜けるような青空と揺れるオレンジ色の髪。
ドキン…と私の心臓が痛いぐらいに跳ねる。

本当は、ずっと目の端で追いかけていたんだ…小島くんや浅野くんと楽しそうに話している黒崎くんを。
いつ、どんなタイミングで声をかけたらいいんだろう…って…。

「井上、こいつら知り合いか?」
「う、ううん。」

私が首をふるふるっと振れば、黒崎くんは男の子達をチラッと見た。

「お前ら、井上に何か用か?」
「い、いいえ!何でもありません!」
「ちぇっ。ほら見ろ、やっぱり黒崎先輩が持ってくんじゃねぇか…。」
「あ?何か言ったか?」
「いいえ!そ、卒業おめでとうございまーす!」

黒崎くんが私の前にいる男の子達にそう言えば、高木くん達はサァッと風の様に走り去っていった。

「???な、何だったのかな…?」
「気にするな、井上。」

そっぽを向いた黒崎くんを見上げて、思わず私が小首を傾げた、その時。



ボローウ!ボローウ!




「…あ!」
黒崎くんのポケットで、けたたましく鳴り響く代行証。

「こんな時まで遠慮のねぇヤツだぜ…。」
「でも、行かなくちゃだよね!」

黒崎くんの表情は、既に死神代行のそれに変わっている。
私が振り返れば、石田くんと茶渡くんも頷いてくれた。

「行くぜ!」
「うん!」
「あ…織姫!黒崎くんも、もう行っちゃうの!?」「ごめんね、急用を思い出したの!みんな、またね!」

一生に一度しかない高校の卒業式。
その名残がまだ残る学校に突如訪れたのは、私達にとっての「日常」。

卒業証書が入った筒を手にしたまま、私達は虚の霊圧を感じる方へと走り出した。










「行くぜ!井上、防御は任せた!」
「はい!」

死神化した黒崎くんが、ふわりと空高く舞い上がり、斬月をかざす。

人通りの殆どない裏道とは言え、まだ日中。
私と石田くん、茶渡くんは、念の為控え目に戦闘に参加する。

「三天結盾!」

黒崎くんを包む、私の盾。
そして、私の左に立つ石田くんが空に向かって光の矢を放ち、右に立つ茶渡くんが黒崎くんが打ちもらした小さな虚を拳で倒していく。

きっと制服姿で虚と戦うのは、これで最後。

でも、これからは、私服だったり、仕事場の制服姿だったりで、こうして虚と向き合っていくんだろう。

だって、私は…ううん、石田くんや茶渡くんだって、願ってる筈だから。

黒崎くんが死神代行を「卒業」するその日まで、ずっと一緒に戦っていこう…って…。




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