幻のセカンドボタン






2月下旬。
夜、カレンダーを見ながら溜め息をつくことが多くなった。

「あ~あ、もうすぐ卒業かぁ…。」

3月1日は卒業式。

大学の二次試験を控えている進学組の子に比べたら、もう就職先が決まっている私なんて、何も心配することないんじゃない?って笑われそうだけど…。

「卒業したら、今みたいに黒崎くんに会えなくなっちゃうんだなぁ…。」

私は、就職。
黒崎くんは、大学へ進学。
卒業したら、それぞれ別々の道を歩き出す。

私と黒崎くんの暮らす世界が、違うものになる。

そう考えたら、胸がきゅうって苦しくて。

でも、いつまでも今のこの時間にしがみついてちゃいけないことも、そんな術はどこにもないこともわかってるから。

だから、せめて何か…あればいいのにな。

それを見る度に、黒崎くんとの記憶を思い出して、ふわっと心が温かくなるような。

落ち込んだ夜にも、寂しい夜にも、それに触れれば次の日の朝には顔を上げて歩き出せるような。

そんな、彼と過ごした高校生活3年間の思い出のひとかけらが…。








《幻のセカンドボタン》







「一護に告白すれば?」
「ふ、ふぇぇぇっ!?」

次の日。

暖かくなってきたから、久しぶりに屋上でお昼ご飯を食べようって、たつきちゃんが誘ってくれて。春めく陽気に反比例するように曇っていく私の表情に、たつきちゃんは気づいてくれていたみたいで。
お弁当を頬張っていたたつきちゃんが、突然、あっけらかんとそう言った。

「こ、ここ、告白!?」
「そ。そしたら一護と離れ離れにならずにすむでしょ。まぁ、今みたいに毎日顔を合わせるのは無理でも、ずっと繋がっていられるわ。」
「む、無理だよぅ!」

メロンパン片手に私が真っ赤な顔をぶんぶんと音がしそうなほどに振れば、たつきちゃんが呆れたように「はあ~っ」と長い溜め息を1つつく。

「何で?」
「な、何でって…!く、黒崎くんに迷惑だよ!きっと困らせちゃうよ!」
「そう?あたしはアイツも満更じゃないと思うんだけどねぇ。」

そう言って、たつきちゃんが屋上のフェンス越しに運動場を見下ろす。

私もつられて運動場を覗けば、そこにはお昼ご飯を早々に食べ終え、制服のまま友達とサッカーをしている黒崎くん。

そうだよね、浅野くん達とこうしてサッカーが出来るのも、あと少しだもんね…なんて共感すると同時に、黒崎くんの制服姿ももうすぐ見られなくなるんだって思ったら、また私の胸がギュッと締め付けられた。

「うんと頑張れば、卒業式の日に『黒崎くんの第2ボタンください!』ぐらい、言えるかもしれないけど…。」
「あのね…織姫、ウチの男子の制服に第2ボタンなんてないでしょう?」「うう…そうなんだよねぇ…。」

最近、よく考えるんだ。

もし、黒崎くんに「第2ボタンください!」ってお願いして、そのボタンがもらえたら、私はそれをお守りにして、これから先も頑張っていけるのに…って。

でも、悲しいかな、空座一高の男子の制服に第2ボタンはついていない。

じゃあ、学ランの中に着ているシャツの第2ボタンでも…なんて妄想を膨らませてみるけれど、最近暖かくなってきたからか、黒崎くんの開いた学ランの襟元から覗くのは、グリーンやブルーのTシャツ。

ボタンなんて、どこにも存在しない訳で…。

「ああ、でももし黒崎くんの制服に第2ボタンがあったら、きっと競争率高いだろうなぁ!黒崎くんカッコいいし、憧れてる下級生もいっぱいいるに違いないもん。わぁ、どうしよう!」
「だから、有りもしない第2ボタンで妄想広げてないで、ちゃんと告白しなさいってば。全く…。」

また溜め息を1つつくたつきちゃんの隣で、私は運動場でサッカーをする黒崎くんを見つめる。

春めく日差しをキラキラと反射させながら揺れるオレンジ色の髪は、遠目にも鮮やかで、私の目を引きつけて離さない。

「黒崎くん…。」

思わず呟く、大好きな人の名前。

すると、聞こえる筈のないその呼びかけに、黒崎くんがボールを追いかける足を止め、ふいに空を仰いだ。

「え!?」
多分、彼が空を見上げたのはただの偶然。

でも、その偶然の中、黒崎くんは屋上にいる私とたつきちゃんを見つけてくれたみたいで。
こちらに向かって軽く手を上げて一振りした後、再びサッカーの輪の中へと戻っていった。

「わわ、黒崎くんが気付いてくれた!?はわぁ~やっぱりカッコいい~。」
「はいはい。」

黒崎くんが気付いてくれて、嬉しい。

でも…何故かな、ちょっとだけ、切ないな。

こんな日々が、もうすぐ終わるってわかってるから?
それとも、黒崎くんが私の想いに気付いてくれる日は来ないって、わかってるから?

「…織姫?どしたの?」
「へ?」

はっとして振り返れば、心配そうな顔で私を見ているたつきちゃん。

私は自分の表情が曇っていたことに気がついて、慌てて笑顔を作った。

「あ…だ、大丈夫だよ!たつきちゃんとこうしてお昼ご飯を食べられるのもあと少しだもんね、楽しまなくちゃ!」
「そうだね。ま、卒業したってあたしと織姫の友情は変わらないけどね。」
「勿論っす!これからもよろしくお願いしますです!」

たつきちゃんとの関係は、卒業して離れ離れになっても、どれだけ距離が開いても、きっとずっと変わらないって胸を張って言えるのにな…。

黒崎くんのことを想いながら食べたメロンパンは、やっぱりちょっとしょっぱかった。




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