付き合いかけたって何なんだ







《X'mas話~オマケ~》





「…寝ちまった。」

すう…すう…と規則正しく繰り返される、井上の小さな寝息。

「まぁ…仕方ないよな。朝が早かった上に、クリスマスのケーキ屋なんて激務に決まってるんだから…。」

俺が作った鍋を綺麗に平らげ、その後自分が作ったケーキを食べて「まだまだ改善の余地ありですな」などと分析していた井上。

満腹になった後は、俺のベッドに背を預けて二人並んで座り、他愛もない話をしていたのだが。
次第に少なくなる井上の口数、こつり…と俺の肩に甘い衝撃。
気づけば、井上はすっかり眠りの世界に入っていた。

「…さて、どうすっかな。」

こんなに気持ち良さそうに眠っているのに、起こすのはさすがに可哀想だ。
俺は井上を抱き上げると、俺のベッドに彼女の柔らかな身体を横たえた。

ぐっすりと眠っている井上は目を覚ますこともなく、彼女の円い頬にそっと手を添えれば、ふにゃり…と口元に浮かぶ笑み。

「…全く…警戒心ゼロだな。」

ひたすらに無邪気で無防備なその寝顔に、俺の胸がとくり…と音を立てる。

そう…彼女のこの寝顔を見られるのは、世界中で俺だけだ…そんな優越感と。

彼女がこんなに無防備に眠りにつけるのは、俺への全幅の信頼の証なのだろう…そんな責任感と。

未だ知ることのない、彼女の肌の柔らかさへの憧れと…。

「…仕方ねぇんだけどな。待たせてるのは俺なんだし…。」

以前、飲み会の会場に家の鍵が入ったジャケットを忘れてきてしまい、井上の部屋に一泊した俺。

翌日、ゼミのダチから「黒崎のジャケット、店から預かってるぜ」と連絡が入り、そのジャケットを返してもらいながら俺が昨夜の状況を説明すれば、ダチにはあんぐりと口を開けて呆れられた。

「あの天使みたいな彼女と一泊して何もないって…オマエ、正気か?」
「しょうがねぇだろ、正式に付き合ってる訳じゃねぇんだから。」
「それにしたって、何て生真面目な…。いずれ正式に付き合うし、将来だって考えてる彼女なんだろ?いや、それが黒崎らしいっちゃ、らしいんだけどさ。」





この状態が「俺らしい」のかどうかは解らないけれど。

今、俺のベッドで幸せそうに眠る井上を、世界でいちばん大切にしたい…と思う、この気持ちに嘘はない。
いや、キス止まりのこの現状、「我慢してない」って言ったら、それは大嘘になるけれど…。

「…とりあえず、片付けるか。」

まずは、ちゃぶ台の上を片付けて、それなりに井上を寝かせてから起こし、彼女を家まで送っていこう。
深夜なら、死神化して瞬歩で井上のマンションまで行っても、誰にも見られないだろうし…。

井上からそっと離れた俺は、ちゃぶ台の上のガスコンロと鍋を持つと両手が塞がるから…と、先に部屋のドアを開けた。

…すると。

「何だこれ?」

ドアを開けたすぐ前に積まれた、客人用の布団一式。
その上に乗せられた、クリスマスカードを開けば。





『クリスマスプレゼントに、この布団をどうぞ!』
『明日の朝食、織姫ちゃんの分もあります!』





「…夏梨と遊子か…。」

この展開を妹達に読まれていたことは気まずいが、正直ありがたい。

更に言うなら、昔の夏梨と遊子なら「織姫ちゃん、一緒に寝ようよ!」「あたし達と遊ぼう!」と乱入してきて、井上をさらっていったに違いないから、こういう気の使い方ができるようになっただけ、二人が大人になったということなんだろう。

「有り難く使わせてもらうかな、布団…。」

この布団もまた、妹達からの信頼の証なんだろうし…そう思えば、使わない訳にはいかない。

ガスコンロと鍋を片付けて、布団を運び込んで、できれば中途半端なところで止まっているデスクの上の卒論をもう少し進めて…。

俺のクリスマスの夜はまだまだ長そうだけど、井上が傍で眠っていてくれるなら悪くない。

部屋の隅に飾られたツリーにぶらさがっているサンタが、「あと少し頑張れよ」と俺を励ましている気がした。






(2020.12.28)
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