付き合いかけたって何なんだ





ここに収められたお話は、2018年12月に発売された鰤の画集「JET」に収録された、インタビューへの久保先生からの回答「二人に関しては、一護が大学生の時に一回付き合いかけて、ちゃんと付き合ったのは社会人になってからですね」…を基に、和(なごみ)が妄想したものです。

この答えを初めて読んだ時、あまりの煮え切らなさに一護を殴りたくなった私ですが(笑)、「付き合い『かけた』のに、完全に付き合わなかった」のは何故か…私なりに考えてみましたので、お楽しみいただければ幸いです。

よろしければ、皆様の想像もお聞かせくださいね!












「…あたし達、終わりにしよう、黒崎くん。」

そう静かに告げる井上の笑顔は、どこまでも穏やかで。

「…ああ。」

それに、戸惑いながらも頷くことしかできない俺の声は、情けないほど掠れていた。


それは、俺が井上との電話の最中に寝落ちてしまった、三度目の夜の後。

…遠くに、雨の音を聴いた。






《pattern1.telephone》







『ム…そうか。』
「ああ…。」

チャドは、久しぶりの…そして時折言葉につまりながらの長い電話に嫌な顔1つせず、俺が話し終えるまで、黙って話を聞いてくれた。

チャドに状況を説明しながら、脳裏に甦る井上の言葉が、表情が、痛いほど俺の胸を締め付ける。



『だって、黒崎くん、今すごく忙しいよね?』

『だから、とっても疲れてて…電話中に寝ちゃうんだよね。』



確かに、俺は今、メチャメチャに忙しい。

日頃の大学の授業とバイトに加えて、就活と卒論…大きな2つの山が、俺の前に立ちはだかっているからだ。

そしてそのどちらも、決して疎かにはできないものだから。



『だから…無理しないで。黒崎くんは、暫く大学生活に集中した方がいいと思うんだ。』

『あたしもね…「恋人」って肩書きがあると、期待しちゃうの。次はいつ会えるかな、いつ電話が来るかな…って。』



ごめん、ごめんな、井上。

恋次とルキアの結婚式の後、恋次に発破かけられて。

一世一代の決心をして、オマエをイタ飯屋に誘って、コクって…オマエも、綺麗な涙をポロポロ溢しながら頷いてくれて。

そうして、「これは夢なんかじゃない」って確かめあう様に、二人で手を繋いで、店の駐車場の片隅に座り込んで。

「ずっと、こうしたかったんだよ」って笑うオマエに、「これから、いつだってできるさ」って言ったのは、他ならぬ俺なのに。



『どんなに想ってても、上手くいかないことがあるんだ…って、理想と現実は違うんだって、解ったんだ。』



平日は大学やバイトで忙しい俺と、平日にしか休みが取れない井上。

なかなか、会えなくて。
レポートの締め切りやバイトの延長で、約束を何度も反古にして。

やっと会えた時に限って、虚が出たりして。



…告白は確かにして、想いも繋がって…でも、俺と井上は「付き合っている」と、果たして言えたのか…。



『別に、今までの「友達」や「仲間」に戻るだけだよ。何も変わらないよ。』
『…俺が大学でオンナ作っても、いいってのかよ。』
『…それは…仕方ないよね。だって、同じ大学の人なら、努力しなくても一緒の時間を作れるし…心は縛れないもの。』
『…。』



『心は縛れない』



そうだ。
誰も、誰かの心を縛ることはできない。

だから、俺から離れていく井上の心を縛ることも、俺にはできない…。



「ム…一護。」
「おう。悪りぃな、チャド。女々しい愚痴に付き合ってもらっちまって…。」



俺は、井上が好きだ。
井上も、俺を好きだと笑ってくれた。

両想いなんだから、何の問題もなく付き合える…そう短絡的に考えていた俺は、あまりにガキ過ぎた。

結局、俺と井上は付き合い「かけた」だけで、二人の間に「付き合った事実」は、生まれなくて。

それが井上を失望させたんだ。
待たせた分だけ、きっと失望も大きかったに違いないよな…。



『一護…誤解するな。』
「誤解?」
『井上は、お前に失望なんてしていない。お前を、責めてもいない。』
「え…?」

電話から聞こえる、チャドの声に耳を疑う。

「だって、チャド…。」

責めるだろ、呆れるだろ。
告白だけしておいて、彼氏らしいことが何もできなかったんだ。

アイツを、大切にしてやれなかったんだから…。

『井上は、一護…お前を何より大切に思っている。だから、お前に無理をさせてまで、付き合うことを望まない…それだけだ。』
「チャド…。」
『もし井上が責めているとしたら、「恋人」という肩書きの期待に応えられない一護ではなく、期待してしまう自分を責めているんだ。井上は、そういうヤツだ。』
「…井上…。」

井上の笑顔が、脳裏を過る。
高校時代、死神代行として、目に映る全てのものを護りたくて、ただ前だけ見て突っ走っていた俺。
そんな俺が振り返れば、そこにはいつだって、アイツがいて…。

『井上は、ずっとお前を追いかけていた。いつだって前を向いているお前に追い付く為に、ひたすらに努力した。そして、井上は一護が望む様に生きて、戦うことを望み、その背中を護ろうとした。井上の隣にいた俺は、それをよく知っている。』
「……。」
『心は、確かに縛れない。今日、一護を好きだった井上の心は、明日には別の誰かに向くかもしれない。未来のことは、誰にも解らないからな。けどな、一護。少なくとも、井上の心は高一から6年間、揺るがなかったぞ。』
「……!」

さぁっ…と部屋に吹き込む風が、俺の前髪を揺らす。
その時、目の前に開けた世界に、俺は目を見張った。

『一護…今度は、お前の番じゃないのか?お前の心もまた、揺らがない…そう、井上に示すべきだと俺は思う。』
「…アイツの迷惑になったり、しねぇかな。」
『井上の迷惑になるなら、捨てられる程度の「心」なのか?』
「…いや、違う。」

電話の向こう側で、フッ…と満足げに笑う、チャドの息の音がした。

「サンキュ、チャド。何かすっきりした。」
『ム…そうか。良かったな。』
「ああ。」
『俺は…一護と井上が上手くいくといい、と願っている。例え時間がかかっても、お前達ならきっと、望む未来に辿り着ける筈だ。』
「ありがとな、チャド。」

通話を終えた俺は、大きく深呼吸を1つした。

そうだ、心は縛れない。

だから、俺も俺の心を縛らない。

俺は…。









『く、黒崎くん?どうしたの?』
「別に、電話ぐらいしたっていいだろ。友達なんだろ?」
『そ、それはそうだけど…。』

俺からの着信に、戸惑いながらも出てくれたことに、安堵する。
それと同時に、俺の中の決意も、静かに動き出す。

「で、今少し時間いいか?話したいことがあるんだ。」
『う、うん。大丈夫だよ。』
「あのさ、井上。俺…やっぱりオマエが好きだ。」
『え?』
「この前は『俺が大学でオンナ作ってもいいのか』なんて、試すようなこと言ってごめんな。あり得ねぇから、そんなの。」

本当は、井上に「そんなのイヤだ」って、否定してほしかった。
「やっぱり、終わりにはしない」って、そう言ってほしかっただけなんだ。

「確かに、俺は今忙しくて、オマエの彼氏を名乗る資格なんてねぇ。だけど、俺はオマエが好きだし、この先もずっとオマエだけだ。だから、就職決めて、卒論も出して…そしたら、もう一度オマエにコクりに行く。」
『黒崎くん…。』
「待っててくれ、とは言わねぇよ。オマエの言う通り、心は縛れないから。オマエみたいなイイ女を、周りの野郎がほかっておくとも思えねぇしな。けど、例えオマエが誰を好きになっても、俺はオマエを選ぶから。もう一度俺に振り向いてくれるように、努力するから。」

井上は、死神代行だった俺がどこを見ていようと、ずっと俺を見ていてくれたから。
今度は、井上がどこを見ていようと、俺が井上を見つめ続ける。

例えずっと傍にはいられなくても、それはできることだから…。

『黒崎くん…。』

少しの、沈黙。
言いたいことを言い切った俺が井上の返事を待てば、やがて電話の向こうから、掠れるような声が聞こえた。

『…待ってても、いい?』
「え?」
『黒崎くんが、もう一度あたしに告白してくれるの…本当に、待っててもいいの?』

井上の震える声に、俺の心もまた、震える。

確かに、共鳴している。
俺と井上の「想い」が。

「待っててくれるか?散々待たせた後で、更にまた待たせちまうけど…。」
『うん。あたしも、待ってる間に自分を磨くよ。資格を取ったり、お仕事のスキルを上げたりして、黒崎くんに相応しい女の子になれるように頑張る。』
「俺には、井上はもう十分すぎるぐらいいいオンナだけどな。」
『ほ、ほぇぇっ?!そ、そんなことはありませんぞ!』
「ははは。」

電話の向こうで、わたわたする井上が容易に想像できて、思わず笑う。

…ああ、良かった。
俺と井上は、これからもきっと、こうして笑い合える。

今は、お互いを磨く時間だけど、いつかは…。

「あのさ、井上。最後に…笑わずに聞いてくれるか?」
『うん、なぁに?』
「次に、オマエにコクる時には、さ。」
『うん。』
「結婚前提で付き合ってくれ、って、ちゃんと言うから。」





(2018.12.15)
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