一織の新婚生活









「すみません、そろそろ上がらせてもらいます!」
「はい、お疲れ様。今日も幸せそうだね。」
「はい!」

今日の仕事を終えたあたしは、ケータイを開き、一護くんからのメールを確認する。

「…あ、今日は一護くんと一緒に買い物ができそう。」
「あら、旦那様もお仕事終わり?じゃあ、二人でデートを兼ねて外食でもしたら?」

共働きなんだし、たまには夕飯作りをお休みしたっていいんだよ、と笑う店長に、あたしは笑顔で首を振る。

「いえ、実はあたし、外食より『家飲み』してみたいんです!」








《新婚さん3日目》








「よう、待たせたな。」

行きつけのスーパーの前で待つあたしに、軽く手を上げて一護くんが駆け寄る。
ああ、何てカッコいいあたしの旦那様。
結婚しても「待ち合わせ」ってこんなにドキドキするんだな…なんて思いながら、あたしも思いきり手を振り返した。

「お仕事お疲れ様、一護くん。」
「織姫もな。」

そうして二人でスーパーに入り、あたしがカゴを手に取れば、「俺が持つから」とすぐにあたしからカゴを取る一護くん。

「あたし、自分で持てるよ?」
「いいんだよ、荷物持つぐらい俺がやる。」

そう言ってすたすたと歩き出す旦那様は、こんな何気ない思いやりも「フツーだろ」って言うんだろうな…なんて。
あたしは彼の広く頼もしい背中を見つめたあと、小走りで彼の隣に並んだ。

「で…今日は何を買うんだ?」
「うん、人参と玉ねぎがなくなっちゃったから、それは絶対。あと、特売品があったら買いたいな。あとね。」
「あと?」
「一護くんと、家飲みしたい!」
「…家飲み?」
「うん!」

大きく頷くあたしを、一護くんが少し意外そうな顔で見下ろす。

「あたし、憧れてたの!二人で軽くつまみながら、あたしが一護くんにビールついであげたりするやつ!」
「オマエ、酒飲めないだろ?」
「あたしは、オレンジジュースをちびちびといかせていただくっす。」

一護くんは、毎日お酒を飲むわけじゃないけれど、アルコール類は一通り嗜めるらしい。
でも、あたしはアルコールが全くダメで、一護くんとお付き合いしている時も、彼とお酒を飲む機会は殆どなかった。

勿論、たつきちゃんやルキアちゃんがお泊まりに来てくれても、お酒なんて飲んだことなくて。
もっとも、乱菊さんだけは「いいお酒が手に入ったのよ」なんてお酒の瓶を持ってきては、一人で飲んでいたけれど…。

「なんだか、家飲みってすごく夫婦っぽくない?それに、楽しそう!」
「まぁ…オマエがそう言うならいいかな。俺もたまには飲みたいし。」

優しい一護くんは、あたしの提案を受け入れてくれて。
カゴには人参と玉ねぎ、一護くんが選んだ第3のビール(あたしには何が第3なのかよくわからないけど)にオレンジジュース、お惣菜やおつまみが入っていく。

「やっぱりこの時間は、いろんな物に割引シールが貼られてるね。お得~!」
「ああ。夕飯のおかずも、安い惣菜で済ませようぜ。」
「え、でも…。」
「たまには手抜きしろ。オマエも働いてんだから。」

ぽんぽんと、一護くんの大きな手が、あたしの頭を叩く。
その手の温もりが、あたしの心を一層温かくしてくれる。

「じゃあ…今日は夕飯の支度を手抜きして、代わりにゆっくりのんびり家飲みを満喫しましょう!」
「おう、それでいいぜ。」

一護くんと一緒にお買い物を済ませ、スーパーを出れば、空には綺麗な一番星。
一緒にそれを見上げる一護くんの右手にはエコバッグ、左手にはあたしの手。

ああ、何て幸せ。

「じゃあ、自転車に乗って帰るか。オマエ、後ろに乗れよ。」
「わ~い、二人乗り!…あれ、自転車の二人乗りって、お巡りさんに捕まっちゃうんだっけ?」

そんなことをスーパーの駐輪場で話していた、その時。

ボローウ!ボローウ!

「…来た。」
「あちゃあ、このタイミングですかぁ…。」

きっと、あたし達は、どこにでもいるごく普通の新婚さん。
…でも、他の新婚さんとちょっと違うのは、あたしの旦那様が死神代行という副業をしている、ということ。

「仕方ねぇな。行くか。」
「うん!…あ、でも一護くんの身体はどうしよう?」
「あ~、そっか。…しょうがねぇな、自転車かっ飛ばして家に帰って、そっから死神化するか。織姫、後ろに乗れ!」
「はぁい!」

お巡りさん、ごめんなさい。でも、緊急事態なんです。
一護くんはあたしを自転車に乗せると、持ち前の脚力と体力で自転車をこぎだした。










「お疲れ様でした、一護くん。」
「おう、織姫もありがとな。」

ふわり…あたしを抱えた一護くんが、ゆっくりと部屋のベランダに舞い降りる。
そして、すぐにソファに寝かせてあった身体に戻り、大きく伸びをした。

「あ~、もうこんな時間か…。」

起き上がった一護くんが、壁にかかっている時計を見上げて、溜め息をもらす。

今日魂葬した虚は、まだ生きていた時の記憶が割とはっきり残っていて。
一護くんとあたしで、身の上話を聞いてあげたんだよね。

…そしたら、帰宅が遅くなっちゃった訳で…。

「うう…仕方ないこととは言え、これじゃゆっくり家飲み計画は延期かなぁ…。」

家飲みどころか、夕食としてもかなり遅い時間。
あたしは明日早出だし、今夜は夜更かしもできなくて。

「惣菜買ってきたのが、不幸中の幸いだったな。すぐ夕食にできる。」
「うん…。」

がっくりと項垂れるあたしに、一護くんは顎に手を当てて少し思案したあと、思いきったようにあたしに尋ねた。

「…どうしても今日、家飲みしたいか?」
「うん…でも、仕方ないよね、時間ないし。」
「…あのさ織姫、時間を生み出す方法、1つ思いついたぜ。」
「えっ、本当?」
「おう。」

さすが一護くん!
あたしがパッと顔を上げれば、彼は慌てて視線をそらし、少し顔を赤くして。

「急いでメシ食って…で、一緒に風呂に入れば、別々に入るより風呂の時間が短縮できるなぁ…って…。」
「…!」






(新婚3日目、初めて一緒にお風呂に入ったら、そのままイチャイチャモードに入ってしまって結局家飲みは延期)





(2019.08.09)
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