なんで






《オマケ2~3ヶ月後~》





「こんばんは、黒崎くん!いらっしゃいませ!」
「おう。邪魔するぜ、井上。」

あれから3ヶ月。

夜、部屋を訪れた一護を、織姫が笑顔で出迎える。

浦原がくれた霊圧隠覆機のおかげで、晴れて交際をスタートすることができた二人。
だが、一護は大学が、織姫は仕事が忙しく、また二人の予定が合わないことも多い。
結局、思い描いていたほど二人の時間をもてないのが実情だった。

「こんな時間に部屋まで押しかけて悪かったな、井上。」
「ううん!あたしも黒崎くんに会いたかったもん。来てくれて、すごく嬉しいよ。」

そんな中、一護と織姫がどうにか捻り出した、束の間の逢瀬の時間。
コーヒーとカフェオレの香りがほのかに漂う部屋で、二人並んでラグの上に座り、しばらくは近況をあれこれ話す。
…けれど。

「なぁ…井上。」
「うん。」

一度は身体を重ねた二人。
互いの体温を直に感じる心地好さを知ってしまった以上、どうしたって触れあいたい気持ちを抑えることはできず。
一護が織姫の肩を抱いたのを合図に、織姫もまた彼にその身を委ね始めた。

「黒崎くん…。」

まだ少しぎこちなく、それでも彼女自身の意思で、一護の肩に回される織姫の細い両腕。
一護もまた織姫を抱きとめると、織姫の柔らかな髪に顔を埋める。

「ね、黒崎くんのハグってすごいね。あたし、今週はお仕事がいろいろ大変だったんだけど…こうしてると、疲れもストレスも全部飛んでっちゃうよ。」
「ああ、そうだな。…けどな、井上。」
「なぁに?…んっ…。」
「…俺は、ハグだけじゃ全然足りねぇよ。」
「う…ん…。」

一護は、会えずにいた時間を一気に取り戻すかのように、織姫の唇に自身のそれを幾度も押し当てて。
やがて、眠っている幼子をベッドにそっと下ろすように、抱き抱えた彼女の身体を優しくラグの上へと導いた。

「ふふ、黒崎くん、優しい。」
「大事にするって、誓ったからな。」

織姫の額へ、頬へ、鼻先へ、首筋へ…一護の唇が降ってくるのを、少しくすぐったそうに受け入れる織姫。
しかし、無邪気な反応を見せる彼女とは対照的に、一護の中にはむくむくと「雄」の本能が膨れ上がってくる。

織姫の身体のラインに添えられただけだった一護の手が、意図をもって動き出した、その時。

『ピンポンパンポーン♪黒崎サン!黒崎サン!ピンク色の霊圧が駄々漏れになってまース!今すぐ自重してくださーい!』
「うわぁっ!」
「きゃあっ!」

織姫の部屋のテレビ台に置いてある霊圧隠覆機から、浦原の声がけたたましく響く。

一護も織姫も身体をびくっと震わせた後、反射的に身体を離した。

「うるせぇ!」
「あはは…録音した声だって解ってても、毎回びっくりしちゃうねぇ。」

バシッ!
霊圧隠覆機の上部ボタンを思いっきり叩いて、繰り返される浦原の声を止める一護に、織姫が困ったように笑う。

この霊圧隠覆機、見た目はよくある目覚まし時計そのものなのだが、問題はアラームがベルでも電子音でもなく、製作者である浦原の声になっていること。

決して、この場を浦原に見られている訳ではない…と頭では解っていても、二人でいい雰囲気になっているところに浦原の声が響けば、やはり落ち着かないのだ。

「…。」

盛り上がりかけたところに思いっきり水を差され、一護が口をへの字に結ぶ。
それでも、織姫とのスキンシップを諦めきれない一護が、無言で彼女をもう一度抱きしめ、その柔らかな場所に触れようとすれば。

「ブー!ブー!黒崎サン!もしかして仕切り直してまたイチャイチャしてませんかぁ?ピンク色の霊圧は抑えてくださー」

バシバシバシッッ!
浦原の話が終わるより先に、一護が目覚まし時計…もとい、霊圧隠覆機のボタンを片っ端から叩きまくる。

「スヌーズ機能、いらねぇんだよ!」
「あはは…しかも毎回、スヌーズ止めるボタンの場所が違うんだよね。」

一見、目覚まし時計に見える霊圧隠覆機だが、実はあちこちに大小様々なボタンが配置されていて。
ご丁寧に、スヌーズ機能を止めるボタンが、毎回ランダムに変わる仕様になっているのだ。

「ったく、浦原さんめ!」

一度は永遠に諦めようとした、織姫との肌の触れあい。

それを可能にしてくれた浦原とこの霊圧隠覆機には、はじめこそ感謝の気持ちでいっぱいだったのだが、そこはやはり浦原…一筋縄ではいかなかったようだ。
もっとも、不満なのは一護だけのようで、織姫は一護の腕の中で仔猫のようにふにゃりと笑ってみせた。

「えへへ…でも、あたしは黒崎くんにぎゅうってしてもらえるだけで、すごく幸せだよ。」
「…そ、そうか?まぁ、井上がそう言うなら、俺も…。」

照れながら…けれど本当に幸せそうにそう言う織姫の可愛らしさと笑顔につられ、一瞬同調しかけた一護だった、が。

「…やっぱ2年長ぇぇ~!」

この「いい雰囲気になったところでオアズケ状態」が少なくともあと2年は続くのかと思うと、思わず呻いてしまうのだった。

「?どうしたの?黒崎くん。」
「…何でもねぇよ…。」


(たった2年、されど2年)


(2021.08.01)
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