なんで






なんで なんで

あなたに恋しちゃったんだろう

世界中でただ一人

…好きになっちゃいけない人だったのに







《なんで》







「ん…。」

織姫の目蓋がゆっくりと上がる。
見慣れた部屋の天井、カーテンの隙間から細く射し込む朝の陽射し。

けれど、いつもと変わらない筈の視界は、たった45度動かすだけで、その景色を鮮やかに変える。

「…嘘…みたい…。」

ぽつり…織姫が頬を桃色に染めながら、思わず溢す。

織姫の右隣には、眩しいオレンジ色。
高一の頃からずっと憧れ続けた太陽…一護が、静かな寝息を立てていた。









「話…あるから、今度時間作ってくんねーか?」

恋次とルキアの結婚式に参列した帰り道、織姫は突然一護にそう尋ねられた。

その時の一護の怖いぐらいに真っ直ぐな眼差しは、何かに対する期待と不安…相反する感情が見え隠れしている気がして、織姫は不思議に思いながらも首を縦に動かした。

一護の言うその「話」が、自分への告白だった…と知ったのは、1ヶ月後。


「井上が、好きだ。だから、良かったら、俺と付き合ってくれねぇか…?」


仕事を終えた織姫を迎えに来た一護と一緒に夕食を食べて、マンションまで歩いた帰り道。

織姫が自分の部屋のドアを開けて、まさに「おやすみなさい」を告げようとしたその時、漸く一護の口から出た言葉。

我ながら、勇気を振り絞るのに時間がかかりすぎだ…と、あとから自分に呆れた一護だったが、それでも織姫には突然すぎる…そして夢のような告白。

一護の言葉の意味を理解すると同時に、ぽろぽろと涙をこぼし号泣し始めた織姫を、一護は慌てて彼女の部屋に押し込み、自分の身体もまたそのドアに滑り込ませた。

多分、それが最初の一歩。

「…ったく…そんなデカイ声で泣いたら、周りに響くだろうが。」
「うぇぇ…ごめ…なさ…。でも、あたし、嬉しくて…うわぁぁん…!」
「泣くぐらい待たせたのは俺だもんな…ごめんな…遅くなって…。」

そう詫びながら、一護は泣きじゃくる織姫を玄関先で思わず抱きしめて…そしてまた一歩、縮まる距離。

二人だけの部屋。
触れ合う身体と身体。

…そして、「もっと」と欲する「心」。

「…なぁ、井上。少しだけ、部屋寄っていってもいいか…?」
「…うん…。」

このまま離れたら、今起きたことが「夢だった」ことになってしまいそうで。
…そして、今手にしているこの温もりを、手離したくなくて。

もっとずっと、繋がっていたくて。

一護には織姫が泣き止んだ後も「このまま帰宅する」という選択肢はなく、織姫も迷わずそれを受け入れた。

織姫に続いて一護も靴を脱ぎ、彼女の部屋へと上がる。

その夜、一護が再びその靴に足を入れることはなかった。







「…はよ、井上。」
「あ…お、おはよう黒崎くん。起こしちゃった…?」
「いや。ちょうど目が覚めた。」

織姫が見つめる先、一護が覚醒する。

ぼんやりとしていた薄茶の瞳に、やがて宿る光。
同時に、シーツから僅かに覗く織姫の白い肩についた紅い痕を視界に捉える。

昨夜のことをはっきりと思い出した一護は、気まずそうに顔を手で覆い天井を仰いだ。

「…どうしたの?黒崎くん。」
「いや…夕べは、その…悪かったな、と思って…。」

告白し、両想いになったあと、織姫の部屋に上がって。
抱き合ううちに、自然とキスがしたくなって、キスをしたらもっともっと「欲しく」なって…。

織姫が己の胸板に手を添えてくれるのをいいことに、一護は魂が求めるまま織姫をベッドへと押し倒していた。

「…悪いことなんて、何もないよ?」
「けど…コクったその日になんて…普通、しねぇだろ。」
「あたし、黒崎くんが初めての人だから、普通…とかよく解らないけど…あたしは、嬉しかったよ?だって、5年越しの片想いが、ようやく実ったんだもん。」
「井上…。」

ふわり…花が綻ぶような笑顔を見せる織姫。
一護は胸がきゅうっ…と音を立てるのを自覚しながら、織姫の肩をそっと抱き寄せた。

「その…夕べは、どうしても我慢できなくて抱いちまったけど…いい加減な気持ちでした訳じゃねぇから。オマエのこと、これから目一杯大事にするからな。」
「うん。」
「井上のこと…ずっと護るから。」
「うん…あたしも、黒崎くんを護りたいです。」
「ありがとな、井上。」
「うん…。」

滑らかな素肌の感触を確かめるように、そして己を受け入れてくれた織姫に、感謝の気持ちを伝えるように…何度もその薄い肩を撫でる一護。
織姫は少しくすぐったそうに、くすりと笑って身体をよじる。

「腹へったな。朝飯、どうすっかな…。」
「あ、大丈夫だよ。店長からもらった売れ残りパンが沢山あるから。」
「相変わらず廃棄パンもらってるんだな。」
「むうっ!売れ残りです!」

昔から変わらないやり取りをして、ベッドの中でふふっ…と笑いあった、その時だった。



ボローウ!ボローウ!



「黒崎くん、虚だ!」
「こんな朝っぱらからか?珍しいな…。」
「今日の虚は、早起きさんなんだね。行かなくちゃ…きゃっ!」

ベッドから跳ね起きた織姫は、直後に自分が一糸纏わぬ姿だったことに気づき、慌ててベッドに潜り込む。

昨夜一護と結ばれたとは言え、カーテン越しに朝陽が透けるこの部屋で無邪気にベッドから飛び出すのは、さすがにまだ無理だった。

「あ~…ちょっと待ってろ、井上。俺が先に服着るから。」
「う、うん…。」

互いに顔を赤くしながら、ぎこちなく言葉を交わす。
それすらも、束の間の幸せだったのだ…と二人が知るのは、半日ほど先のことになる。









「…何だよ、この虚の数は!」
「ム…何かあったとしか思えないな。」
「とにかく、手当たり次第に魂葬するしかないだろう!4人共都合がついたのが、不幸中の幸いだね。」
「うん!あたしも頑張るよ!」

その日、空座町に現れたのは、おびただしい数の虚達。

勿論、一護達の力の方が個々の虚より勝っているとは言え、虚の異常発生とも言える状況に、一護と織姫、そこに駆けつけた石田とチャドが、4人がかりで魂葬しなければならなかった。

「くそっ…!何でこんなに大量の虚が出てくるんだよ!」
「虚が湧いてきた…というよりは、何かに引かれて空座に集まってきたと考えた方が正しいだろうね。」
「だから、何でだよ!」
「そんなの僕が知る訳ないだろ!」

そう言い合う間にも、斬月を振り下ろす一護と、光の矢を放つ石田。
二人が打ちそびれた虚を、チャドと織姫が退治していく。

…しかし。

「しまった…!」

打ち漏らした一匹の虚が、4人から離れ、空座の町中へと飛んでいこうとする。

「まずい!一般の人に危害を加えたら…!」
「それはいけないッスねぇ。」

しかし、一護が追いかけようと飛び上がるより先に、パンっ…と弾けるように消えていく虚。

キラキラと光を拡散しながら空に還っていく虚の向こうには、見慣れた袴と帽子姿の男の姿。

「浦原さん!」
「全く、こんな朝っぱらから大変なことになりましたね。アタシまで出向かなきゃならないなんて。」
「浦原さん、応援に来てくれたのか?」
「そりゃあ、まずはこの虚を全て魂葬しなきゃ、お二人に話が出来ませんからねえ。」
「…話…?」

浦原の言葉に、一護は漠然とした不安を抱いたが、まずは目の前の虚の群れを魂葬するのが先だということは十分解っている。
一護は不安を振り払うように颯爽と斬月を構えると、残りの虚を魂葬すべく走り出した。








「…はぁ…やっと終わったな。」
「うん…でも…どうしたんだろう。あんなに沢山の虚が突然出るなんて…。」

浦原の協力もあり、全ての虚を魂葬し終えた一護達。
ようやく静けさを取り戻した辺りを見回しながら、織姫が不安げに一護に問いかける。

「ム…今回は早朝で4人共この場に来られたし、浦原さんの応援もあったから何とかなったが…誰かが欠けていたら、かなりキツかっただろう。」
「ああ…一体何だろうね。まるで、近隣の町にいた虚が、一斉に空座町に集まったような感じだった。」
「…エサが、ばら蒔かれたんッスよ。」

一護達4人が、一斉に浦原を振り返る。
浦原は、帽子の隙間から鋭い眼差しで4人を…更に言うなら一護と織姫を見つめた。

「…エサ…?」
「高1の時、石田がやったアレか?」
「失礼なヤツだな。今度は僕じゃないよ。」

一護と織姫の視線を受け、過去の自分の行いが気まずいのか、石田がふいっと視線をそらしつつ答える。
確かに、今更石田が一護と力比べをする理由はない。

「ム…それはそうだろう。だが、じゃあ一体誰が…。」
「エサを蒔いたのは…黒崎サンと井上サンッス。」
「はぁぁ?!」
「あ、あたし達ですか?」

浦原が発したまさかの言葉に、驚いた一護と織姫の大きな声が辺りに響く。
石田はそんな二人をちらりと見ると、眼鏡のフレームをくいっと押し上げた。

「よく思い出してみろ。本当に心当たりはないのか、黒崎。」
「あるわけねぇだろ!何で俺と井上が、わざわざ虚のエサをばら蒔かなきゃいけねぇんだよ!」
「ム…浦原さん、説明してくれ。」

皆が、納得できないという顔で浦原を見つめる。
浦原は、コホン…と1つ咳払いをしたあと、冷静に続けた。

「では、不躾なのを承知で説明させていただきます。黒崎サン、井上サン…昨夜、結ばれましたね?」
「…へ?むす…?…あ、あああっ!」
「…は、はああっ?!う、浦原さん、ななな何言って…!」

浦原からの突然の指摘。
その言葉の意味を理解すると同時に、織姫と一護は爆発したように顔を赤くし、わたわたと慌てた。
しかし、いつもなら二人をちゃかしそうな浦原が、今日は変わらず真剣な眼差しで言葉を続ける。

「極めて強い霊力をもつお二人が結ばれた…そのとき、爆発的に高まった霊力が一気に開放され、拡散したんスよ。…それが、虚のエサになったんス。」
「…え?」

両手を広げ、顔の前でぶんぶんと振っていた織姫の動きが、ぴたりと止まる。
さっきまで赤かった一護の顔もまた、さぁっと青く変わった。

「な…う、嘘だろ?!」
「既にご存じとは思いますが、虚は生前大切だった人…つまり愛していた人を狙う性質があります。お二人が愛し合ってできた霊力の欠片は、虚にとって魅力的なエサなんスよ。」
「…そ…んな…。」

思わず顔を見合わせる、一護と織姫。
先ほどの虚の群れの原因が、まさか自分達にあるとは露ほども考えていなかったのだ。

「そんな訳でしてね、アタシがここへ来たのは、皆さんを助ける為ではなく、黒崎サンと井上サンに大事なお願いをする為なんですよ。」

戸惑う一護と織姫の前に、浦原は威圧的な空気をまといながら、ザリッ…と歩み出た。

「お二人には…今すぐ付き合うのを諦めていただきたいッス。」



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