第5話 家族としての新しい立ち位置






「じゃあ、行ってきます、コンちゃん。」
「留守番よろしくな。」

平日、朝10時。
仕事が休みの井上さんと一護が、連れ立って出かけていく。

毎月これぐらいの時期に、夫婦が仕事を休んで一緒に出かける理由…それは。

「ふふふ、今回は赤ちゃんの性別がわかるかもしれないんだって。楽しみだね〜。」
「井上さん、病院行くのに嬉しそうだな。注射とかされるんだろ?」
「採血がときどきあるからね。でも、月に一度、お腹の赤ちゃんに会える大事な診察だもん。」
「ああ。ちゃんと元気に育ってるってわかると、安心するよな。」

ひと目みて「妊婦さんだな」とわかるほどに目立ってきたお腹を、優しくさすりながら微笑む井上さんと、そんな井上さんを穏やかな眼差しで見守る一護。

今日は、月に一度、産婦人科を受診する日なのだ。





《家族としての新しい立ち位置》





「赤ん坊の性別かぁ…。」

二人が出かけていって、すっかり静かになった部屋でソファに転がり、天井を見上げる。

井上さんの妊娠がわかってから、あんなに薄かった彼女のお腹は毎日少しずつ膨らんでいき、確かにあの中で一護と井上さんの子供が育っているんだ…最近ようやくそう思えるようになった。

産婦人科から帰って来る度、井上さんがオレに見せてくれるのは、お腹の中の赤ちゃんのエコー写真とやら。

そら豆みたいだった小さな粒が、次第にヒトのカタチに変わっていく…そんな不思議な現象が、小さな白黒写真に収まっていた。

一護は一護で、井上さんが転んだりしないよう、過保護すぎるぐらいに世話を焼き、毎月の定期検査にも必ず付き添っている。

一護は父親に、井上さんは母親に…数ヶ月後にはなるんだもんな。

あの二人の子供…かぁ…。

「どんな赤ん坊なんだろうな。男と女、どっちかなぁ…。」

そう、独りの部屋で呟いて。

「いや、そんなの女の子がいいに決まってる!井上さんにそっくりの女の子!これで決まりだ!」

オレは握りこぶしを突き上げ、見上げている天井に、井上さんに似た、くるみ色の髪の小さな女の子を思い描く。

『コンちゃん、一緒にあそぼ!』
『コンちゃん、一緒に寝よう!』

「いや〜、たまんないな……はっ!!」

しかし、井上さんそっくりに笑う無邪気な女の子の後ろから、ドス黒いオーラを纏いオレを見下ろすもう1人の影。

「い、一護…!」
『コン…俺の可愛い娘に指一本触れるんじゃねぇぞ…。』
「え…でも、一緒に遊ぼうって誘ってきたのはそっちで…!」
『コンちゃん、遊ぼうよ〜!』
『コン…わかってんだろうな…。』
「ひぃぃ〜!」

オレは天井に映し出された二人の姿を慌ててかき消す。

だめだ、井上さん似の女の子が生まれたりしたら、一護が溺愛するに決まってる。
挙げ句、俺には「触るな」「近づくな」「同じ空気を吸うな」「同じ空間に存在するな」ぐらいのことを言い出すに違いねぇ…!

「いや、仮に女の子が一護に似ていればワンチャン…!」

気を取り直し、今度は一護に似た、オレンジ髪のスポーティーな女の子を天井に描いてみる。

『おーい、コン!遊ぼう!』
「おう、いいぜ…おわっ?!」
『ほーら、高い高いー!』

そう言ってオレのデリケートな腕を掴み、全力で振り回す女の子。

「うわうわうわー!う、腕がちぎれる!目が回る〜!」
『大丈夫大丈夫!次はプロレスしよう!』
「ぎゃあー!無理無理無理〜!」


「…だ、駄目だ駄目だ!一護に似た子供は、女の子だろうと男の子だろうと駄目だ!オレの体が引きちぎられる!」

オレはぶんぶんと頭を振って、再び妄想をかき消した。

「はぁ…難しいな…。」

ようやくこの家での暮らしに慣れてきたところなのに、家族が1人増えるってどんな感じなんだろうな…なんて。

あと数ヶ月で訪れる新しい生活に、今更のように思いを馳せたオレだった。






「ただいま、コンちゃん!」
「ただいまー。」

3時間ほど経った頃、井上さんと一護が無事に帰宅。

「おう、二人ともおかえり。どうだった?」
「うふふ、あのねコンちゃん。」

井上さんはリビングに入るなり、にっこり笑ってオレに告げた。 

「赤ちゃん、男の子だって。」

オレは赤ん坊の性別を尋ねたつもりはなく、健診全体について「どうだった?」と聞いたつもりだったんだが…井上さんには赤ん坊の性別が判明したことが何よりのビッグニュースだったんだろう。

「まぁ、性別はどっちでもよかったんだけどな。エコーで、見えるモンがしっかり見えたからな。ありゃ素人の俺達が見たって男だよな。」
「あはは。そうだね、男の子でも女の子でも、元気ならそれでいいんだけど…でも、やっぱり性別が判って嬉しいよ!」

井上さんはソファに座り、お腹を撫でながらそこに宿る「男の子」に向かって語りかける。

「頑張って生まれてきてね。それまでに、あなたの名前、頑張って考えるからね〜。」

そんな光景をぼんやりと眺めながら。
オレの中にじわじわと、また1つ湧いてくる「実感」。

この家にやってくるのは、一護と井上さんの遺伝子を引き継いだ「男の子」。

「どうした?コン、ボーッとして。」
「あ、いや、本当に赤ん坊が生まれてくるんだなぁって…いや、今更なんだけどよ…。」
「ふふふ。この子が生まれてきたら、コンちゃんは、お兄ちゃんになるんだね。」
「…え?」

井上さんの言葉に、オレはまん丸いビーズの目を更に丸くする。

「おにい…ちゃん…?オレが…?」
「そうだよ。あたしはママ、一護くんはパパ。そしたらコンちゃんはお兄ちゃんだよね!」
「お兄ちゃん…。」

一護も、井上さんの言葉を否定することはなくて。

ぽっ…と、胸の辺りに温かい灯火が灯ったような感覚。

これは、二人とも認めてくれているってことなのか?
オレが…この「家族」の一員で、血は繋がっていなくても「お兄ちゃん」の立ち位置に存在することを…。

オレに新しく増えた呼び方、「お兄ちゃん」。
…ああ、なんて温かいんだろう。

オレは、ビーズの目が取れないように、ぐしぐしっと涙を拭いて。
そして、井上さんのお腹に顔を寄せ、その中で眠る未来の「弟」に話しかけた。

「そうか、男の子かぁ…。どうせなら、井上さんに似て生まれてこいよ!いっぱい遊んでやるからな!」
「一言余計なんだよ、コン。」
「あたしは、一護くんみたいな頼りがいのある男の子だったら嬉しいけど…まずは、元気に生まれてきてね!」

勿論、返事はないけれど。
一護と井上さん…2人の色を足して2で割ったような、ほんの微かな霊圧を井上さんのお腹から感じた気がした。



(2024.06.09)
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