第2話 家族ってこんな感じですか







「いらっしゃい、コンちゃん!」

一護と井上さんが結婚して1週間。
約束通り迎えにきてくれた一護に連れられ、オレは二人の新居にやってきた。

「こ…こんにちは、井上さん。今日から居候させていただきます。」

玄関マットの上に下ろされたオレが頭を深々と下げれば、井上さんはクスリと笑って。

「コンちゃんは、居候じゃないよ?今日から、あたしと一護くんの家族だから。ね。」
「い…井上さん…!」

当たり前のように与えられる温かい言葉と、オレの頭を撫でてくれる小さくて優しい手。
オレの胸に、熱いものがぐぐっと込み上げて来る。

「ありがとう、いのうえさぁぁん!…ふぎゅっ!」
「どさくさに紛れて抱きつこうとするな。」

…けれど、柔らかな井上さんの胸に埋まる筈だったオレの頭は、一護の拳によってマットにめり込んでいた。

…オレと、一護と井上さんと、3人。

新しい「家族生活」が始まる。







《第2話~家族ってこんな感じですか~》







「コンちゃん、このウチはどうかな?」
「キレイな部屋だな。何より、ぬいぐるみのフリをせず、のびのび過ごせるのが最高だぜ。」

オレは両手足をうんと伸ばし、リビングのソファーにごろりと寝転んだ。

一護が黒崎の家を出たことにより、一護の妹の部屋になった「オレの部屋」。

妹がずっとあの部屋にいる訳じゃないが、いつドアが開くか解らない状況は、常に緊張感があって。
更に、「ボスタフ」というセンスのない名前を勝手にオレにつけて、やたら着飾りたがる一護の妹には正直困っていたのだ。

ソファーの上でぽんぽんと軽く跳ねて、真新しいクッションの感覚を楽しむオレに、井上さんは嬉しそうにパチンと手を鳴らした。

「良かった!そのソファー、一護くんと色んなお店を回って見つけたお気に入りなんだ。家具や電化製品は、あたしが使ってたものを持ち込んだりしてるから、古いのも多いんだけどね。」
「いいんだよ。使えるものはちゃんと使って、ちょっとずつ買い替えていけば。」

リビングには、一護が持ち込んだのであろう見慣れた雑誌やパソコン達と、井上さんが持ち込んだのであろうぬいぐるみが仲良く並んでいて。
二人は本当に結婚したんだな…なんて、当たり前のことを改めて実感してみる。

「それにね、ここにはちゃんとコンちゃんの部屋もあるんだよ。」
「へ?」

井上さんの言葉に、ソファーからがばりと起き上がるオレ。

手招きする彼女の背中を追えば、そこには「コンちゃん」と書かれたネームプレートが飾られたドア。

「ここは…。」

そのドアをゆっくりと開ければ、6畳の部屋にオレ用の小さな布団と机、クッションが置かれていて。
驚いたオレが後ろを振り仰げば、笑顔で見下ろす井上さんと照れたようにそっぽを向く一護がいた。

「別に、コンの為の部屋って訳でもねぇよ。いずれは子供部屋になる予定の部屋だから。とりあえず、今はコンの好きなように使っていいぜ。」
「…オレの…部屋…!」
「ね、コンちゃんは居候なんかじゃないでしょ?ちゃんと家族の一員なんだよ。」
「井上さん…!」

押し入れや部屋の隅みたいに暗くない。
穏やかな日差しが窓から差し込むその部屋は、ドアプレートも布団も、きっと井上さんの手作り。

ああ、この人はどうしてこんなに「女神」なんだろう。
感激したオレは、ボタンの目をぐしぐしっと拭って。

「い、いのうえさぁぁん…ふぎゃっ!」
「だから、抱きつこうとするなって言ってんだろ!次やったらベランダに出すからな!」

やっぱり井上さんの胸に顔を埋める夢は叶わず、一護の蹴りによってオレの顔は壁に激突していた…。











「そう言えば、井上さんって、一護と結婚したから、もう『井上』じゃないんだよな?」

夜。
一護と井上さんが夕食を取るテーブルには、ちゃんとオレ用の椅子が用意されていて。

オレはぬいぐるみだから何も食べないけれど、せっかくだからと座って会話に参加してみた。

「うん。恥ずかしながら、1週間前に『黒崎織姫』になりました。まだ自分でも慣れてないんだけどね。」

えへへ…と頬を染めながら、幸せそうに笑う井上さん。
そのあと、井上さんは唐揚げを一口頬張り、ますます幸せそうな顔になった。

「ん~!美味しい~!」
「別に、恥ずかしがることでもないだろ。そのうち慣れるさ。」

その向かいで、一護もまた同じように唐揚げをつまみ、口に放り込む。

唐揚げの食べ方すらカッコつけてる…というか、多分そっけない風を装ってるんだろうけれど、一護も本当は嬉しいんだろうな。

井上さんが自分の名字に変えてくれたことも、こうして雑談をしながら唐揚げを一緒に食べていることも…。

「じゃあ、オレも『井上さん』って呼ぶのはやめて、『織姫さん』って呼ぼうかな?ふぎゃっ!」
「コンが偉そうに言うな。お前はしばらく『井上』で呼んでろ。」
「何でだよ?」
「何かムカつくからだ。」

ムッとした顔の一護が、オレに拳を一発落としたあと、白米を口に突っ込む。
オレは頭を擦りながら一護を睨んで…そして、ピンと来た。

「…あ!一護、もしかしてまだ井上さんを上手く名前で呼べてないのか?」

ぽとり…一護が箸で挟んだ唐揚げが、皿に落ちる。

「さっきから気になってたんだよな。井上さんは『一護くん』『一護くん』って何度も呼びかけてたのに、一護から井上さんの名前を聞かないなぁって。何だよ、一護こそ恥ずかしがってるんじゃないか。」
「ち、違げぇよ。」
「結婚前、あんなに部屋で練習してた癖に。」
「練習?」
「ばっ…!い、言うな!」
「井上さんの写真見ながら、『織姫』『織姫』って呟いてたの、オレ知ってる…ぶふぉっ!」
「だから言うなっつってんだろうがぁ!」

今日いちばんのパワーで振り下ろされる一護の鉄拳。

井上さんのことになるとやたらムキになる一護に、この家にいたら半年足らずでオレの顔の厚みは1㎝ぐらいになるんじゃないかな…なんて一抹の不安をいだくオレだった。



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