第1話 ボクを家族にしてください
その日、オレはこれまでの改造魂魄人生で、いちばん衝撃的な言葉を聞いた。
「俺、井上と結婚するんだ。だからもうすぐ、この家を出るからな。」
「………何だとー?!」
《viva!家族~ボクを家族にしてください~》
「いいい一護、今何つった?」
「は?だから、この家を出るって…。」
「その前だ!」
「…井上と結婚する。」
「平然と言うなぁぁぁ!」
そりゃ、正直そんな雰囲気はあったさ。
前々から、一護と井上さんがお互いに気があったのは知ってる。
最近じゃ、井上さんがこの家に来て、夕食を一護達と一緒に囲んでいたことも何度もあったし、頻繁に井上さんと電話やらLINEやらしている一護をずっと見てきたからな。
けど、まさか本当にあの神々の谷間の持ち主井上さんと一護が結婚だなんて…!
う、羨ましすぎるだろ!
「そりゃ、はじめは俺も照れくさかったけどな。家族やらダチやら会社の人やら、大勢の人に何回も同じ報告してるんだ、耐性もつくってもんだろ。」
「何、耐性つくぐらい結婚報告してる癖に、オレ様へは後回しだった訳?!同居してるのに!」
一護の態度に愕然としたオレだったが、ふと大事なことに気づき、気を取り直す。
一護があの井上さんと結婚するということは、これから新婚さんの井上さんを毎日拝めるということ。
エプロン姿やネグリジェ姿、果てはランジェリー姿なんてものまで…。
「…で!オレ様は当然、一護の新居に一緒に行けるんだよな?」
「はぁ?んな訳ねぇだろ。新婚だぞ。」
「何だとー?!」
一護の平然とした言葉に、再び雷に打たれたような衝撃がオレのコットンボディを貫く。
「じゃあ、オレはここで、しがないぬいぐるみ人生を送れって言うのか?!」
「まぁな。この部屋は遊子に譲るつもりだし、これからはアイツに可愛がってもらえよ。」
「嫌だ嫌だ嫌だぁぁ!」
オレは、短い手足をバタバタさせて、全力で一護の提案を拒否する。
新妻の井上さんを見られないのも嫌だが、一護の妹に「可愛がられる」のはもっと嫌だ。
そもそも、オレをただのぬいぐるみだと思っている一護の妹達の前で、ずっと動かず固まっているなんて、最早拷問に近い。
「オレとお前は二人で一人だろ?!お前が死神化してる間、身体はどうするんだよ?」
「んなもん、家のベッドに寝かせておくさ。」
「仕事中は?!」
「仕事はフレックス制だから多少融通がきくし、石田やチャドもいる。てか、俺の職業は翻訳家だぜ?お前が身体に入ったところで、代わりなんて務まらないだろ。」
「ぐ…!」
一護の最もな言い分に、オレは返す言葉を失う。
確かに、高校生だった頃は机の前に座ってりゃなんとかなったが(それでも一護には「ちゃんとやれ」ってよく怒られたけど)、社会人となるとそうもいかねぇ…!
「ま、一応親父や浦原さんに相談して、お前の身の振り方も考えてやるよ。クロサキ医院のマスコットとかもいいんじゃね?」
「だから、それじゃ1日ぬいぐるみのふりじゃねぇか!患者の子供達に振り回されるのがオチだ!」
「じゃあ、浦原商店のマスコット?」
「それは生きた心地がしねぇヤツだ!」
これ以上、一護と話してても埒があかねぇ。
オレは、一護と話すのを止め、その場はいったん身を引いた。
どうせ、今の一護の頭ん中は、井上さんとの新婚生活でピンク色一色なんだ。
ここは一つ…。
…数日後。
ボローウ!ボローウ!
オレが待ちわびた、代行証の音が一護の部屋にけたたましく鳴り響く。
「ちょっと行ってくるぜ。」
読んでいた雑誌をベッドの上に置き、死神化した一護は窓から夜空へと飛び出していった。
「…。」
風に靡く死覇装が、完全に夜の色に溶けたのを見届けて。
オレは部屋に残された一護の身体を静かに振り返った。
「…チャンスだ。」
多分、オレに与えられた時間は長くない。
オレは一護の身体に入ると、すぐに階段を駆け下り、リビングですれ違った一護の妹に「コンビニに行ってくる」と言い残して、家を飛び出した。
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