blue bird






その夜、織姫と妹達が仲良く入浴している間、一護は自分の部屋でぼんやりと押し付けられた結婚式場のパンフレットを眺めていた。

一心は「金なら工面してやる」と言うし、妹達は「最近はお値打ちなプランも色々あるらしいよ」とあれこれ勧めてきて。

結局一護は気乗りしないながらも、パンフレットに一応目を通していた。

勿論それは、入浴を済ませた妹達にちゃんと読んだか確認されることを予測してのことだったが、それだけではなく。
…確かに、夏梨や遊子の言うことにも一理あるのだ、と一護自身が思っていたからだった。

織姫は高校時代からアイドル扱いされるほどのルックスの持ち主で、欲目抜きにしても正直自分には勿体ないと思うぐらいに可愛い。
もし、織姫がウェディングドレスを身に纏ったならば、今目にしているパンフレットのモデルに引けを取らないほど綺麗だろう、とも思う。

何より、「籍を入れるだけでいい」と言い出したのは多分自分の方で。

織姫はそれに従っただけであり、本当はドレスが着たいのかもしれない…と一護は何かの折りにそれとなく結婚について話した日のことを思い出していた。
しかし、それでも婚約後に一護が動き出さなかった理由はいくつもあって。

まずは結婚指輪代を稼ぐためにバイトをこれでもかと言うほど詰め込んでいたため、実質的に時間の余裕がなかったこと。

その為、織姫と結婚について十分に話し合っていなかったこと。

何より婚約したことで織姫との同居生活に対する免罪符を手に入れた様な気になってしまっていたこと。

…結果、「籍を入れるだけでいい」などと言いながらそれもせず、ずるずると2ヶ月が過ぎてしまったのだ。

「結婚式…なぁ…。」

そう一人ごちて、一護はベッドに背中を預ける。

…学生結婚をしようって決めた段階で、親の脛をかじることぐらい覚悟の上で。
だったら、いつか借りは必ず返すと誓って、一心に頭を下げることはこの際大した問題ではない。

それより何より一護を悩ませている問題、は。

「こっぱずかしい…。」

そもそも照れ屋で目立つことを嫌う一護の、ひどく単純な羞恥心だった。

ウェディングドレスを着た織姫は、正直自分も見てみたい。
それに織姫のドレス姿には、式に参列した全ての人々から、惜しみ無い賛辞が贈られるであろうと思う。

…しかし、だ。
その隣に自分がタキシードを着て立つ姿を想像するだけで、一護は身悶えしてしまうのだ。
式に来た友人達からも、自分に対しては祝福というより「からかい」に近い声しか上がらない気がするし…。

「…はぁ…。」

一護は小さく溜め息をついた。
織姫を「一緒に暮らそう」と半ば強引に自分の部屋へと連れて来たのも、プロポーズしたのも自分だというのに。
こんなつまらないことで悩んでいると知ったら、妹達は勿論、織姫にも呆れられてしまいそうで…。

…その時。
一護の思考を遮るかの様に、突然ドタドタと階段をかけ上る足音が響いた。

「お兄ちゃん、お風呂出たよ~!」

ノックもなしに扉を開ける癖が未だに抜けない遊子が、派手にドアを開ける。
その後ろから、艶やかに髪を濡らした織姫も現れた。

「どう?お兄ちゃん、いい式場見つかった?」

式場のパンフレットが床一面に広げられている様子に、満足気に遊子が頷く。

「さっきお風呂で織姫ちゃんにも話してたんだけど、披露宴なしで式だけにすればかなり価格が抑えられるらしいよ。えーっと、どこの式場だったかな…。」

床にあるパンフレットをがさがさと漁り出した遊子に、織姫がさらりと話しかけた。
「待って、まずは黒崎くんにお風呂に入ってきてもらおうよ。今ならいい湯加減だし、ね?」

織姫は一護にこっそりウィンクして、早くこの部屋から逃げ出すように促す。
一護は織姫の助け船に頷くと、遊子の話が勢いづく前にと急いで部屋を出た。

「…あ、一兄。」

しかし一階に下りたところで今度はスポーツドリンクを片手に持った夏梨に呼び止められる。
せっかく遊子をかわしたのに…と心の中で舌打ちした一護だったが、夏梨は先程の遊子とは違ってかなり深刻な表情をしていて。

「どうした?夏梨。」
「あのさ、一兄。…織姫ちゃん、もしかしてマリッジブルー?」
「…は?」

一護は夏梨の口から飛び出した予想外の単語に、言葉を失った。

「お風呂でも結婚式の話とかしてたんだけど、織姫ちゃんの反応がイマイチっていうか…『婚約してる幸せな女の子』って感じじゃないような気がしてさ。一兄から見て、織姫ちゃんの様子どう思う?」
「ど、どうっ…て…。」

一護の戸惑う姿に、夏梨は小さく溜め息をつく。

「ごめん、アタシの気のせいかも。お風呂に入ってきてよ、一兄。」

夏梨が去った後も一護は暫く身動きが出来ず、その場に立ち尽くしたのだった。

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