real intention








「ねぇ、黒崎くん。私、夕べ変なこと言ったりやったりしなかったかなあ…。」

一護の作った朝食をきれいに平らげ、二人で食器の片付けや洗濯を済ませて。
更に部屋や風呂場を片っ端から掃除して。

休日の日課をこなした二人の、コーヒーブレイク。

やっとひと休み、とすっきりした気持ちでリビングのラグに座った織姫がそう呟いた。
「…別に、何にもねぇよ。」

織姫の淹れたコーヒーに手を伸ばしながら、一護が答える。

「…ほんとに?」

じっと一護のブラウンの瞳を見つめる織姫。
普段は鈍いくせにこういう時には妙に勘のいい彼女に、一護はずずっとコーヒーをすすって誤魔化した。

「…そう言えば、今日は予定を入れないでって黒崎くんが言ってたけど、どうして?」

織姫もまたそう問いかけながら、ミルクと砂糖がたっぷりのカフェオレに口をつける。

ああ、と一護は思い出したように声を出した。

「親父が、一度二人で帰って来いってうるさいんだよ。そろそろあっちに顔出すのもいいかなってさ…。」「そっか。みんな、黒崎くんに会いたいんだよね。」
にっこりと笑う織姫に、一護の胸をちくりと刺す罪悪感。

「どっちかっつーと井上に会いたいんだと俺は思うけどな。」
そう返しながら覗いたマグカップはいつの間にか空っぽだった。

織姫に少しでも高価な結婚指輪を買ってやりたくて、バイトをこれでもかと詰め込んだ結果が、これ。
織姫に今日の外出予定を伝えることすら、忘れていた。
それは、二人でゆっくり会話をする時間が持てていなかったことを意味している。

本末転倒もいいとこだよな…そう自嘲気味に笑って、一護は織姫の腕をぐっと引っ張った。

「きゃっ…!」

不意をつかれ、一護の腕の中で織姫が小さな悲鳴を上げた。
しかし、一護はそのまま抱えた織姫ごと身体を後ろへ倒し、夕べ酔った織姫にしたようにぎゅっと抱き締める。

「く、黒崎くん…?!」

驚いて一瞬小さく身動ぎした織姫だったが、頬を僅かに赤くして一護の胸板に静かに顔を乗せた。

「えっと、今から黒崎くんのウチに帰るんだよね…?」「帰るけど、急ぐことねぇよ。親父達は逃げやしねぇし。」

織姫を抱き締める左腕の力を緩めることなく、一護は右手でゆっくりと彼女の髪をすいた。

「なあ…。」
「なあに?」

一護の指の動きにうっとりしながら、織姫が答える。

「これからはもっと沢山、話をしような。それから…いつでも甘えて来いよ。オマエの性格は分かってるけど…甘えられると必要とされてるって実感ができて、俺も嬉しいからさ。」
「く、黒崎くん…。」

織姫は顔を上げると大きく目を見開いて、一護を見た。

「俺からばっかりじゃなくてさ、井上からもいっぱい抱きついてくれよ。遠慮はなしだ。…いいな?」
「…うん…。」

一護の言葉に、僅かに瞳を潤ませて頷く織姫。

「じゃあ、もうしばらく抱っこ…。」
「おう。喜んで。」




…それは、いつもと少し違う朝。
また少し、二人の距離が縮まった朝。
また一つ、大切なモノを見つけた朝。




(2012.11.02)



それは、いつもと少し違う朝。




《real intention エピローグ》




「…はにゃ?」

織姫は、温かい日差しにぱっちりと目を覚ました。
2、3回ぱちぱちと瞬きをして、いつもの様にベッドの右隣を見る。

いつも大切な人が眠っているその部分は脱け殻になっていて。
そっと触れれば、微かに残る温もり。

耳にはジューッという何かが焼ける音。
バターの香りがふわりと織姫の鼻孔をくすぐって。

織姫は、漸く自分が朝を迎えたことを理解した。

「あ…れ…?」

ゆっくりと身体を起こして、織姫は小首を傾げる。
一護が先に起きていること以外はいつもと同じ朝。
なのに何かが違うような…。

うーん、と一人で織姫が考えていると、寝室のドアが開いた。

「…はよ。」
「おはよう、黒崎くん。」

一護がベッドに近付いて織姫の顔を覗き込む。
「…なんだ、朝からきょとんとした顔して。」
「うん、何かね、いつもと違うような…。」

顎に細い指を当てて考え込む織姫に、一護がぷっと吹き出した。

「そりゃ、オマエ自分の服を見てみろよ。」
「服…?」
織姫が下を向くと、自分が身に付けているのはパジャマではなく、昨夜着ていたワンピース。
「ああっ!お気に入りのワンピースがしわくちゃだようっ…て、あれ?!何でワンピースのまま寝てるんだっけ…?」

織姫はしわくちゃになったワンピースを引っ張りながら、昨夜の記憶を何とか手繰り寄せようとした。

まるで紙芝居の様に、断片的な記憶がパラパラと織姫の脳裏を横切る。

飲み会、大騒ぎする友人達、自分を迎えに来た一護、公衆の場で彼に抱き着く自分…。

「わ、わわっ!」
「やーっと、思い出したか。」

赤くなりながらわたわたと慌てる織姫に、一護が溜め息混じりにそう言って彼女のおでこを人差し指で軽く弾いた。

「…で、どこまで覚えてんだ?」
「えっと…黒崎くんにここまで連れてきてもらって…何かいろんなお話をしたような…。」

ゴニョゴニョと次第に小さくなっていく織姫の声。
どうやら、会話の内容までは覚えていないらしい。

「…ごめんなさい…。」

すっかりしゅんとしてしまった織姫の頭を、一護は子どもをあやすようにポンポンと叩いた。「別に怒ってないから、これからもっと気を付けろよ。飲む前に、酒かジュースかきちんと確認しろ。いいな。」

自分の慰めにも晴れることのない織姫の表情に、一護はまた彼女の悪い癖が出たなと思った。
「…オマエ、また自分の失敗をムダに責めてるんだろ。」
「だって、夕べ迷惑をかけちゃった上に、朝御飯も作れなくて、私…。」

ドアの向こうから漂ってくるオムレツの香りに、織姫は一護が朝食を作ってくれたことを知っていた。

「たまにはいいんじゃねぇの?俺、オマエに朝メシ作ってもらうために一緒に暮らしてる訳じゃねんだぇし。」
「でも…。」

人には譲ってばかりのくせに、自分のことに関しては頑固な織姫に、一護は彼女の頬を摘まんでむいっと引っ張った。
「何だよ。俺の作った朝メシが食えねぇってのか?」
「ふえぇっ、ひはふほふぅ…。」

不自由な口で必死で否定する織姫に悪戯っぽくにっと笑って、一護は彼女の肩をぐっと抱き寄せる。
「じゃあ、さっさと食うぞ。そろそろパンも焼ける頃だ。」
「…うん。」一護らしい優しさに漸くはにかんだような笑顔を取り戻した織姫は、一護に寄り添う様に寝室を後にした。




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