real intention
とある週末。
今夜はバイトもレポートの期限もない。
織姫は大学の仲間同士で飲み会。
1人で適当に夕食を済ませ、久しぶりにのんびりと雑誌をめくっていた一護の穏やかな時間に飛び込んできたのは、織姫からの携帯の着信音だった。
『黒崎く~ん、お迎えに来て下さいませ♪』
携帯から聞こえる織姫の声はいつもより一オクターブほど高い。一護は内心「やっちまったか」と頭を抱えて深い溜め息をついた。
「…井上、オマエ、酒飲んだんだろう。」
『えっとねぇ、カルピスを飲みました。』
「…なるほど、それはカルピス味のチューハイだな…。」
『でも、美味しかったよ?』
赤い顔で小首を傾げてにっこり笑う織姫が容易に想像できる。
アルコールを摂取した彼女を人前に出しておくのは色んな意味で危険すぎることを、一護は十二分に知っていた。
「とにかく、直ぐに行くから。大人しく待ってろよ、いいな!」
『はあ~い! 』
あまりにも軽い彼女の返事に一抹の不安を覚えつつ、一護はソファーに掛けてあったジャケットを掴むと、羽織る時間すら惜しむように部屋を出た。
織姫のいる居酒屋に到着した一護は、店の中に入るといちばん奥に大学生らしい団体がいる部屋を見つけた。
何となく背筋を伸ばしジャケットの皺ををピンっと伸ばすと、一護はそこに近付く。
なるべく目立たないようにしているつもりの一護だったが、オレンジの髪は雑多な店内でもやはりぱっと目を引いた。
一護が織姫を見つけるより先に、織姫が大学生の一団からぴょこっと顔を出すと、ぱああっと顔を輝かせた。
「わーい!黒崎くんだー!」
「うわっ!」
織姫は座敷を飛び出すと、一護にぴょんっと飛び付いた。
予想外の彼女の行動に驚いた一護だったが、幸い彼の身体はびくともせず織姫を受け止める。
「えへへ、ありがとう!待ってたよー。」
「おい、人前だっつーの!つか、アブねえ!」
すりすりと甘えてくる織姫に、実際に見たことはないがマタタビを与えられた猫はきっとこんな風だろうと、一護は思った。
一護は何とか織姫を宥めようとしていたが、はっとして周りを見回せば、織姫の大学仲間の好奇の目、目、目。
一護は、背中に気持ち悪い汗がたらっと流れたのを感じた。
「あ…えっ…と…。」
「もしかして、あなたが織姫ちゃんの、婚約者?」
その中の女子大生の一人の台詞に、一護はぎょっとした。
「あ…そ、そうだけど…。」
咄嗟の時に、人は上手い誤魔化しなど浮かばないもので。
一護はしどろもどろで思わず肯定する返事をしてしまった。
どよめく周りの大学生達。
「わあっ、本当なんだ!さっき、織姫ちゃんから婚約の話を聞いて、みんなでびっくりしていたところなんです!」
そう横から首を突っ込んできた別の女子大生の視線は、明らかに一護を品定めしている。
一護は猛烈にこの場から逃げ出したいと思った。
「あのさ、これ会費だから、取っといてくれよ。」
「えっ、多すぎですよ、これじゃあ…。」
ポケットから財布を捻り出し、五千円札をいちばん近くの女子大生に押し付けると、一護は織姫を抱えたまま、彼女の鞄を引っ付かんだ。
「いいから。さ、行くぞ井上!」
「はぁーい!みんな、またねー!」
ひらひらと手を振って仲間との別れを惜しむ織姫を半ば抱えるようにして、一護は店を出ていった。
そして、一護が店のドアを閉めると同時に、爆発したかのようにどっと盛り上がるその座敷一体。「見た、見た?!あれが、織姫ちゃんのカレシだって!」
「違うでしょ!カレシじゃなくて、婚約者!」
「すっごーい!本当だったんだ!」
「髪の色はちょっと派手だけど、かなりのイケメンだったよね?!」
「あれで医大生でしょ!?いいなあ、ヒメちゃん!」
女子達がきゃあきゃあと盛り上がる中、密かに肩を落とす男子達。
織姫をこっそり狙っていたものの、彼氏…もとい婚約者とのラブラブ振りをああも見せつけられては、諦めるしかないわけで。
傷心の男達の渇いた笑いと共に、その飲み会は最高潮を迎えたのだった…。
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