anti-morals






「い、嫌なわけないです!」

全力で否定したら、黒崎くんはぐしゃぐしゃっと頭を撫でてくれた。

「俺もさ…体裁、捨てたんだ。」

一瞬、躊躇って。でも吹っ切るように、黒崎くんがそう言った。

「やっぱり、同棲って、抵抗あるよね…?」

黒崎くんが、軽く首をふる。

「いや、そういう意味じゃなくて…さ。まだ、親のスネかじってるガキのクセに…とか、思ってたんだよ。一緒に暮らすなら、俺がきちんと養える状況で暮らしたかったっていうか…けど、そんなのまだ4年も先だもんな。」

『養う』なんて言葉を黒崎くんの声で聞くなんて…そんな風に考えてくれていたなんて…それだけで、どうしようもないくらい嬉しいのに。

「親父に借り作りまくっちまうのはシャクだけど、いつか倍にして返すって決めたから。今は格好悪くてもいいことにしたんだ。」


そう言う黒崎くんがあんまり格好良くて、また涙が零れた。

「…だから、泣くなって。」

「ひっく…だって、幸せなんだもん…。」

心のモヤモヤが涙と一緒に流れて消えて、変わりに温かい気持ちが溢れていく。

私、黒崎くんを好きになって良かった。

その日の夕食は、中辛カレー。

私にはちょっと刺激的。
黒崎くんは物足りなくて、スパイスを追加していた。


夜、私は黒崎くんのベッドに居候。

シングルだからやっぱり狭くて、申し訳ない気持ちになって。

「…おい、そんな隅っこにいたら、落ちるぞ。」

なるべく黒崎くんが広いスペースで眠れるようにと思っていたら、ぐいっと引き寄せられた。

あっという間に黒崎くんの腕枕。私の髪を撫でてくれる、大きな手。

この手で、道に迷ってばかりの私を、いつも引っ張ってくれるの。

この手が私を護ってくれるなら…きっと、怖いものなんて何もない。そう思えた。


「なあ…井上。」

「…なあに?」

髪を滑る手の動きと黒崎くんの体温に、うっとりしている私の耳元で響く、優しい声。

「近いうちに、新しい部屋を探そうな。ベッドも、もう少しデカイのにしたいし…。」

「うん。」

「新しい部屋は、井上の大学にももう少し近いとこがいいな。」

「うん…。」

心地良すぎて、だんだん眠くなってきて…。

ふわふわしている私の顔を、黒崎くんが覗き込んだ。
「あと…さ、井上は将来ガッコの先生になるんだし…やっぱり、世間的にも同棲はマズイか、って思ったんだよな。だから…。」

一瞬、間を置いて。
黒崎くんが深呼吸して。

黒崎くんのブラウンの瞳に、私が映った。

「結婚…するか。」


また泣くのかって、黒崎くんが笑いながら怒ってる。

私は笑いながら泣いてる。


ねえ、黒崎くん。

私、周りの人たちに、何て言われても平気だよ。

私は、世界中でいちばん幸せな女の子です、って、胸を張って言ってみせるから…。







《あとがき》

織姫は真面目ないいこちゃんなので、「同棲嬉しいな、るんるん♪」とは意外といかないんじゃないかと思ったところからできたお話です。

この話の二人は、学生結婚するらしいですね(笑)。


それにしても、またやってしまいました、プロポーズネタ。好きなんです。だからきっとまたやります(笑)。


読んで下さってありがとうございました!


2012.8.30
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