blue bird




「…さて、と。」

一護はテーブルの上にあるカレンダーの前に織姫をちょこんと座らせると、その後ろから彼女を抱き締める様に自分もまた座り直した。

「…決めていいか?入籍の日。」

織姫の肩に軽く顎を乗せ返事を待つ一護に、織姫は頬を染めてこくりと首を縦に振った。

「…あのね、黒崎くん。」
「おう、何だ?」

カレンダーをの日付をゆっくり辿っていた織姫の細い指が、とある日付ですっ…と止まる。

「…その、もし良かったら…入籍の日は、付き合い始めた日にしない?ここ…。黒崎くんはもう忘れちゃったかもしれないけど、私にとっては特別な日だから…。」

そう少し不安気に言う織姫の指先が指し示す日付に、一護は小さく笑うと織姫の腰に回していた両腕にぎゅうっと力を込めた。

「ひゃあっ!」
「ばーか、忘れるわけないだろ。俺がオマエにコクった日だぞ。しかも、文化祭だったしな。…つーか、今オマエ俺が忘れてる前提で喋っただろ!」

一護がニッと笑うと「俺を見くびった罰だ」と言いながら織姫の脇腹をくすぐり始める。

「ひゃ、ご、ごめんなさいっ!ごめんなさいですっ!きゃあっ!」

笑いながら身を捩り懸命に逃れようとする織姫。
しかし一護は織姫を逃がさぬよう腕に力を込めながら、脳裏では高校時代の文化祭を思い出していた。




…文化祭の夜、後夜祭。

学校の屋上で、手芸部で作ったというウェディングドレスを身に纏った織姫に見惚れて。
そこに運命的な何かを感じて、「好きだ」と告げた…あの日。

コバルト色の星空も、織姫が着ていたウェディングドレスも、運動場で燃え盛るファイヤーの火に幻想的に照らされて…。



「…あ。」

一護が突然そう声を上げ、両手の動きをぴたりと止める。

「…はっ、はぁ…な、なぁに?」

一護のくすぐり攻撃から漸く解放された織姫が、まだ荒い呼吸の中、何かを思い出した様に真っ直ぐ前を見る一護にそう尋ねた。

「…井上、あの時着てたウェディングドレス…今、どうなってるんだ?」
「え?あ、文化祭の時の?…多分、部長がそのまま持ってると思うけど…どうして?」

大きな瞳をくりっとさせて一護を見上げる織姫。一護は名案を思い付いたとばかりに言葉を続けた。
「それ、借りられないか?」
「え?」
「入籍届を出したらさ、その足で俺の実家に行って…着ようぜ、ドレス。」

一護の言葉を理解した織姫の瞳が、大きく開かれていく。
「…黒崎くん…!」
「本当の式はずっと先になっちまうからさ。けど、『入籍届出して終わり』じゃ何となく味気ねぇし…。オマエがドレス着たら、遊子も夏梨も喜ぶだろ?」
「…うん…!」

織姫ははにかんだように笑うと、大きく頷いて見せた。

「すごいね、黒崎くん!何だか本当に結婚するみたい…!」
「いや、だからするんだろうが。」

興奮からかピントのずれた織姫らしい発言に、一護は彼女の額をかるく突いて見せる。

「…黒崎くんは、何を着るの?」
「あ?俺か?…成人式の時のスーツでいいんじゃねぇ?確か実家に置きっぱだからさ。」

タキシードは勘弁だが、スーツぐらいなら…と一護は思わず呟く。

そうして、一護はテーブルに置いてあった青色のペンを手に取り、織姫に差し出した。

「ほら。」
「…うん。」

織姫はそのペンを受けとると、目の前のカレンダーに彼女らしい几帳面な字で、しかし気合たっぷりに「入籍します!!」と書き込んだ。

「何だ、その決意表明みたいな書き方。」

思わずぷっと吹き出す一護に、織姫も負けじと反論する。

「これは、立派な決意表明ですぞ!『黒崎くんのお嫁さんになります』っていう決意と、それと…。」
そこまで言うと、織姫は何を思ったか一護と向き合う様に座り直し、彼の肩に手を回す。
そして、驚いた様な表情の一護の額と自分の額をこつりと合わせた。

「それと、『二人で一緒に幸せになります』っていう決意です…。」

織姫がそう言い終わると同時に小さく響く「ちゅっ」という音。
唇が離れた後も不意打ちのキスに呆けて固まっている一護に、織姫はさながら天使の様な笑顔を見せた。

「…えへへ。一護くん、大好きです!」

それだけ言うと織姫はパッと一護から離れ、カレンダーを再び壁にかけ直し始めた。
漸く事態を悟った一護が、真っ赤な顔で思わず口元を手で覆う。

「お、オマエ…!」
「さ、さぁ、コーヒーでも淹れよっかな!」
「今、俺のこと名前で呼んだだろ!」
「だ、だってずっと寝てる一護くん相手に練習してたんだもん~!」

照れてその場から逃げ出す様に胡桃色の髪を翻してキッチンへと走っていく織姫。

そんな織姫を見送る一護の身体中を満たすのは、言葉では言い尽くせない幸福感。

二人でいればきっと何処へでも飛んで行ける…そんな確信と共に。

…一護は一瞬、織姫の背中に一対の羽根を見た気がした…。











《あとがき》

このシリーズ(?)も3作目になりましたが、1作目の「anti-morals」を書いていた頃は全く頭になかった展開でして…そもそも続編とか考えてなかったし。
ですが二人が確実に結婚に向けて進んでいて、しかも何だか毎回ラストは甘口で(笑)、書いていて楽しかったです。

ちなみにお気付きの方もいらっしゃると思いますが、このお話は「きっと2度目は」「未来予想図」とリンクしております。…というか書いていくうちに何かそうなっちゃったんですけど…(笑)。
まだそちらをお読みになってない方は、よろしければそちらもご覧下さいませ。

それでは、読んでいただきありがとうございました!






(2013.05.30)
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