blue bird




「…落ち着いたか?」
「…うん…。いっぱい泣いたら、すっきりしたみたい…。」

一護の腕の中で泣くだけ泣いた織姫がいつもの穏やかさを取り戻したのは、それから暫くしてからだった。

それでもどちらも背中に回した手を緩めることはなく。
織姫は一護の温もりを、一護は織姫の柔らかさを確かめる様に身体を擦り寄せ合った。

「…泣かせてごめんな、井上。オマエが戸惑ってるの承知で、困らせて、試す様なことして…。」

一護の謝罪に、織姫は黙って首を横に振る。

「けど…あれぐらい追い詰めなきゃ、オマエ絶対本音を言わねぇだろうと思って…さ。吐き出して欲しかったんだ、全部。」

労る様に織姫の頭や背中を繰り返し撫でる一護を、織姫はまだ少し赤い目を細め見上げた。

「…いつから、気が付いてたの?私がおかしいって…。」
「…いつから、って言うか…。本当は、最初に気が付いたのは、俺じゃなくて夏梨なんだよな。オマエが『マリッジブルーなんじゃないか』…って言われて、正直焦った。」
「マリッジブルー…?」

その単語に、織姫は意外そうに目を見開く。

「…違うのか?」
「…そう…かも…。そっか、私マリッジブルーだったんだ…。」
まるで他人事の様にそう呟く織姫に、一護は小さく吹き出した。

「…自覚なし、かよ。」
「…うん。夏梨ちゃんすごいね。私が自分で気が付かないのに、気付いちゃうなんて…。」

織姫は眉尻を下げながら、クスクスと笑って見せる。
そして、甘える様に一護の肩にこつりと頭を乗せた。

「…ごめんね黒崎くん。私、こんなに幸せなのに、泣いたりして…。それから、ありがとう。全部受け止めてくれて…。」
「俺こそごめんな。オマエの気持ちになかなか気付いてやれなくて、いつも1人で突っ走ってばっかで…。」

一護がそこまで言うと、どちらからともなく視線を絡ませ、そのまま引き寄せられる様に唇を重ねた。

「…さっきから、お互い謝ってばっかだな。」
「…ふふ、そうだね。」

繰り返し唇を重ねながら、キスの合間にそう呟いて、小さく笑う。

やがて押し当てるだけだったそれが、深く長いものに変わっていく…と同時に、織姫の身体はラグマットの上に押し倒されていた。

「…く、黒崎くん…?」
「…しようぜ、井上。」

早くも織姫の服に手を掛けながらそう言う一護だったが、織姫が無抵抗なことに逆に戸惑い、ぴたりと手の動きを止める。
「…あれ、いつもみたいに言わねぇの?『まだ明るいのに』とか、『ベッドじゃなきゃ駄目』とか…。」

拍子抜けだと言わんばかりの一護に、織姫が頬を染めながらもくすりと笑う。

「…んと、何だか今日は、今すぐいっぱい抱っこしてほしい気分ナノデス…。」

そう言って少し恥ずかしそうに一護の逞しい両肩へと手を伸ばす織姫に、一護はふっと小さく笑った。

また一つ、本音をぶつけ合って、気持ちが繋がって。
そして、気持ちだけじゃなく、身体も繋がりたくなって…。
多分自惚れなんかじゃなく、今織姫も自分と同じ気持ちなんだろう…と一護は思った。

「…じゃあ、遠慮しねぇからな。夕べお預けくらってて、正直我慢の限界なんだからよ…。」

そこまで言うと、一護は織姫と心も身体も一つになるべく、彼女の華奢な身体を己の腕の中へと閉じ込めたのだった…。






「…あのさ、井上。」
「…うん、なぁに?」

暫くは、肌を重ねた余韻に浸っていた二人。

しかし、いつもの様に一護に呼び掛けられ、織姫は彼の腕枕の中、柔らかく答えた。

「オマエと一緒に暮らしてもう4ヶ月だけど…少なくとも嫁さんとしちゃ、今のままで十分合格だからな。それと…。」
一護はゆっくりと上半身を起こすと、織姫の身体に手をかけ同じように抱き上げ、真正面からきょとんとした彼女の大きな瞳を見据える。

「…俺にだって、将来のことなんか正直わかんねぇ。理想の夫婦だの家族だの言い出したらキリないし、きっと答えなんて一つじゃないから…。そういう難しい話は、正直俺には出来ない。でもな…。」

そこまで言うと、一護はすうっと息を吸い込む。

「…俺は、来年も10年後も50年後も、オマエが隣で笑っててくれれば、それでいい。俺はそれで十分幸せだし、その為に俺は井上と結婚したいんだ。」
「黒…崎…くん…。」

穏やかに、しかし力強くそう告げる一護に、織姫の瞳から、再びぽろぽろと大粒の涙が零れ出す。
しかし、それは先程泣きじゃくったときとは違う温かくて優しい雫だった。

「…井上は、50年後に隣にいるのが俺で、本当にいいか?」
「…黒崎くんが、いいです…。」

溢れる涙を両手で懸命に拭いながら、それでも織姫はこくこくと何度も頷き、これ以上ないほど綺麗な笑顔を一護に見せた。





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