blue bird
…次の日の朝。
一護と織姫は、一心や妹達と朝食を囲みながら、結婚式は二人が就職してからにするつもりだ…と打ち明けた。
「ええ~?じゃあ、最低でも4年後じゃん!」
「…つまんないの。」
不服そうな顔をする遊子と夏梨に、一護は玉子焼きを口にしながら言葉を返す。
「別に、おまえらの為に式を挙げるわけじゃねぇだろ。」
「色々、気遣ってくれてありがとう、遊子ちゃん、夏梨ちゃん。もらったパンフレットは今から参考にゆっくりと見るからね。」
「ゆっくりって…ゆっくりすぎじゃない?」
「…4年も経ったら、ドレスの流行なんてきっと変わっちゃうよ、織姫ちゃん。」
まだ不満そうな顔をする双子達だったが、穏やかにそう言う織姫にはどうにも弱く、それ以上言葉を返すことはしなかった。
…本当は、4年という準備期間が欲しいのは一護の方で。
4年の間に、織姫の隣でタキシードを着て堂々としていられるだけの余裕と貫禄を身に付けないとな…と一護は心の中で一人ごちた。
「…けど、籍は入れる様にこれから動くつもりだから、そこは承知しておいてくれよな。…で、いいだろ?親父。」
「わっ!一兄、ついに言い切ったね!」「きゃああ!入籍だって、何かすごい!」
はしゃぐ夏梨と遊子の横で、一心は静かに、しかし大きく頷いて見せる。
「…二人の事だ、二人がきちんと話し合って納得していればそれでいい。お前達のことだ、そう心配はしていないがな。」
そこまでは、真面目に父親らしい威厳を保っていた一心だったが。
「はぁ~、もうすぐ織姫ちゃんがウチの娘になるのかぁ。突然こんな可愛い娘ができるなんて、俺はどうしたらいいんだ…ぐはっ!」
「どうもしなくていいっつーんだ、ヒゲ達磨。」
でれでれっとだらしなく溶けていく一心に、一護の容赦ない突っ込みが入った。
「あーあ、もう…。」
「織姫ちゃんも、早く慣れてね。ウチっていつもこんな感じだからさ。」
「あはは、でも黒崎くんのウチっていつも楽しそうで羨ましいよ。」
呆れた様子の双子と、嬉しそうにそう言う織姫。
一護もまた唸る一心の横で再び食事を取り始めた。
しかし、味噌汁を啜りながら何気なく織姫をちらりと見た瞬間、一護の心臓がどくり…と嫌な音を立てる。
織姫の笑顔に、一瞬だが確かに影が差したのだ。
それは彼女の戸惑いにも、困惑にも、不安の表れにも見えて…。
そして、一護の脳裏にふっとよみがえる、昨晩の夏梨の台詞。
『織姫ちゃん、もしかしてマリッジブルー?』
(…井上…?)
一護は無理矢理口の中の味噌汁を飲み干す。
そして、笑顔を崩さず食事を続ける織姫の顔を見ながら、一護は漠然とした不安を抱え朝食を終えたのだった。
「…あのさ、井上。」
「うん、なぁに?」
二人のマンションへと戻る電車の中、一護は隣に座る織姫に話し掛けた。
「その…悪い。」
「へ?何?突然…」
頭をバリバリとかきながら謝る一護に、織姫は大きな目をぱちくりとさせる。
「今朝…親父達に『籍入れる』とか勝手に言っちまって。よく考えたら、オマエにちゃんと確認取ってなかったよな…。」
一護は朝食後、織姫を戸惑わせた原因は何なのか、ずっと考えていた。
そして、昨夜の織姫との会話を幾度も反芻する中で、結婚式については二人が就職してから、と意見を統一させたものの、入籍の具体的な話はしていないことに気が付いたのだ。
織姫の「籍を先に入れてから式をあげればいい」という言葉を、自分に都合よく「式と入籍を揃える必要がないなら、籍は今すぐ入れたい」と解釈してしまった一護。結果、今朝は織姫に相談もなく先に家族に入籍を宣言してしまったのだ。
一心の「二人で話し合い納得して決めろ」の言葉は、まさしく自分に向けられていたのだ…と、一護は今更の様に痛感していた。
しかし、眉間にいつもより五割増しで皺を寄せる一護に、織姫はふわりと笑顔を見せると左右に首を振る。
「そんなの…全然謝ることじゃないよ?私…嬉しかった。何だか『籍を入れる』ってことが急に身近になったみたいで、ちょっとびっくりしたけど…。」
「びっくりした…だけ、か?」
あのとき織姫が一瞬見せた憂いの表情の理由を突き止めたくて、一護は思わずそう問い掛ける。
「…うん、そうだよ。どうして?」
「いや…なら、いい…。」
心のどこかに釈然としないものを抱えたまま、しかし一護は微笑む織姫にそれ以上の追及はしなかった。
代わりに、不安を打ち消す様に織姫の手を取り、指を絡めぎゅっと握る。
織姫は一瞬驚いた様に一護の顔を見たが、嬉しそうに笑うとそのまま一護の肩に頭をこつりと乗せた。
「…ありがとう、黒崎くん。」
「…何で、礼?」
「何かね、今、すごく手を繋ぎたい気分だったの…。」
そう言いながら、織姫は静かに目を伏せた。
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