anti-morals








テレビドラマではよく見るけれど。

タレントさんのトークでも時々聞くけれど。

でも、周りにそんな友人なんていないから。

…だから、自分がこんなことになるなんて、思ってもみなかったの。


ー同棲、なんて。




「井上、これで荷物全部なのか?」

黒崎くんが、段ボールの最後の一箱を部屋へ運びこんでくれた。

「う、うん。」

「思ってたより、少ないな。まあ、俺の部屋は狭いし、ちょうどいいか。」

丸テーブルの前にどかっと座った黒崎くんが、玄関で所在無さげに立ってる私をちょいちょいと手招きしてくれた。

「えと…じゃあ、お邪魔します…。」

「だから、ここがオマエの部屋になるんだって。お邪魔しますじゃないだろ。」

黒崎くんが、大学に近いアパートで一人暮らしを始めて2年。

なかなか会えなくなっちゃったけれど、黒崎くんはなるべく空虚町に帰って来てくれて、時々は私もこのアパートに遊びに来たりして。

寂しくないって言ったら嘘になるけど、黒崎くんはお医者さんに、私は学校の先生になる夢を叶えるために、頑張っていた。
黒崎くんのアパートにお世話になることが決まったのは、ほんの少し前。


私が、大学の先輩に付きまとわれるようになったから。

初めは、いい人だなって思っていて。

実習のことを色々教えてくれたり、いらなくなった教科書をくれたり、親切にしてくれて。

でも、それが黒崎くんの言う『下心』っていうものだなんて分からなくて。

ある日突然、私のアパートまで押し掛けられて…。

怖かったけれど、偶然空虚町に帰ってきていた黒崎くんが、駆けつけてくれて事なきを得た。

その日の夜。
私のアパートに泊まっていってくれた黒崎くんが、一言。

「一緒に、暮らそう。」

…って、言ってくれたの。


それからの、黒崎くんの動きは早くて。
ぽやっとしてる私の手を取って、一心のおじ様や私の親戚のところへ行って、話をつけてくれて。

手続きや荷物整理もあっという間に終わっていった。


…そして、今日から。

一緒に暮らす。



でも、でもね。

色々、考えちゃうの。

だって、『同棲』なんだもの。
「…井上、何考えてんだ?」

どきっとして顔を上げると、横に座っている黒崎くんの眉間に皺がきゅっと寄っていた。

「オマエ、俺の横に座ってから、何にも喋ってねーし。」

黒崎くんの大きな手が私の肩を包んで、そっと抱き寄せてくれる。

「…溜め込まずに、言えよ。オマエ、遠慮しすぎなんだよ、いつも。」

ぶっきらぼうで、でも優しくて、温かい黒崎くん。
だからこそ、甘えずにいたいのに…。

「言わねーと、今晩のメシ、激辛カレーにするぞ。」

「そ、それは困るよう!」

思わず返してしまった言葉に、にまっと笑う黒崎くん。

ああ、もう、敵わないなあ…。


「あの、ね。」

黒崎くんの顔を見て話すのは何だか怖いから、膝の上で組んだ自分の指をぼんやりと見ながら、言葉を紡いだ。

「ど、同棲なんて、いいのかな、って思って…。」

「ダメだなんて法律でもあんのか?」

「ないよ。ない…けど…でも、黒崎くんの友達の中には、よく思わない人だって、きっといるよ。悪く言う人や、からかう人、冷やかす人もいるかもしれない。それに…。」
話しているうちに、なぜだか泣きたい気持ちになってきて、私は潤んだ瞳に気づかれないように俯いた。

「お金のことも…一心のおじ様に、申し訳ないよ。やっぱり…。」

アパートの経費は、二人で折半ではなく全て一心のおじ様が払ってくれる。
「暮らす人数が1人でも2人でも変わらない」っておじ様は笑ってくれたけど…。

私のせいで、黒崎くんやおじ様に迷惑がかかるのは、どうしても嫌。

だって、黒崎くんが大好きなんだもの。

気がついたら、ぽろぽろ涙が溢れていて、スカートに染みができていた。

「ったく…ばぁか。」

重く沈んだ空気を吹き飛ばすように黒崎くんがそう言って、空いている方の手で涙を拭ってくれた。
そのまま、上を向かされて…黒崎くんと目が合った。私の大好きな、優しくて、強い目。

「井上は、モラルだの体裁だの気にしすぎなんだよ。モラル守っても、井上を護れなきゃ意味がねえんだよ、俺には。」

静かに降りてくる、黒崎くんの唇。
私のそれにそっと重なって。

ほんのちょっと離れただけの、至近距離。

「俺と暮らすのは、イヤか?」


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