時に愛は
「…はよ、水色。」
「おはよ、一護。」
「おっはよー!いっちご…あれ、井上さんは?」
織姫が黒崎家に居候するようになって数日。
朝、校門を過ぎた辺りで一護は水色と啓吾に声をかけていた。
「井上ならもう行ったよ。」
「ノー!今日こそ一緒に教室まで行こうと思ったのに…!」
織姫は一護が自分といることで周りから色々言われることを気にしており、登校は一緒にするものの人目が増える校門付近からわざと自分だけ先に行くのだ。
大声で悔しがる啓吾を無視し、一護は歩きながら水色に話しかけた。
「ところで突然ヘンなこと聞くけどよ…井上のケータイのアドレスや番号を誰かに聞かれたり教えたりしてねぇか?」
水色は一瞬驚いた様な顔をしたが、一護の真剣な表情に何かを感じたらしい。
「その辺りのマナーは、心得てるつもりだよ。井上さんのアドレスなんて、お金払ってでも知りたい人だっているだろうしね。」
「何?何?僕ちゃんだって井上さんのアドレス知りたいよ~う!」
わめく啓吾の声に、一護は織姫のアドレスを漏らした可能性がいちばん高そうだと疑っていた啓吾がシロだったことを知った。この数日で、一護はチャドや石田など織姫と親しい人物に同様の質問をしていたが、やはり誰も織姫の個人情報を漏らした者はいなかった。
「悪いな、妙なこと聞いて。」
「別にいいけど…。何かあったの?最近、井上さんと急接近してるみたいだし。」
「いいなあ、一護!井上さんと勉強したら、僕ちゃんだってきっとめちゃくちゃ頑張っちゃうのにな~。」
確かに、織姫と勉強するようになり彼女の真面目な学習態度に影響された一護は、以前より集中して受験勉強をするようになった。
実はそれは織姫も同じで、ストーカーに怯える必要がなくなったことで安心して受験勉強できるようになったのだが。
「まあ…そのうち話すかもな。」
水色の質問に曖昧な答えを返し、また啓吾の羨望の声は完全に無視し、一護は自分の下駄箱へ向かうとそこへ手を差し入れる。
…その瞬間。
「…痛っ…!」
指先に走る鋭い痛みに、一護が僅かに声を上げた。
反射的に手を引っ込めた一護の指には、赤い線。そこからじわりと滲み出す、赤い血。
「ってぇ…。」
「どうしたの?一護!」一護の異変に気付いた水色が側へ駆け寄り状況を把握すると、一護の下駄箱の中を確認した。
…そこには。
「…こんな古典的なこと、本当にするヤツがいるんだね。…大丈夫?」
水色が一護の上靴から取り出したのは、剃刀の刃と一枚の紙切れだった。
一護がその紙を開けば、そこには『織姫はボクのモノ。これ以上近づくな』と書かれている。
水色は驚きと戸惑いの視線を一護に向けたが、彼の目には水色は映っていない。
メッセージの書かれている紙を、まるで犯人がそこにいるかの様に睨み付けていた。
傷口を口にくわえれば、僅かに広がる血の味。
「…上等じゃねぇか…!やってやるぜ…!」
ぐしゃりと紙を握り潰し一人そう呟く一護に、水色はこれ以上深く詮索するのは得策ではないと考えた。
「…あのさ、一護。詳しい事情はどうでもいいからさ。もし僕にできることがあったら言ってよね。」
ぽんと一護の肩を叩きそう言ってにっこり笑う水色に、一護もまたにっと笑って返す。
「サンキュー、水色。とりあえず、この事が井上の耳に入らないようにしてくれよな。…あと、もし絆創膏持ってたら一枚くれるか?」幸い啓吾は下駄箱が一護達の反対側にあったため、今の出来事に気付いていない。
一護はそのことを確認し、やんわりと水色の口止めをした。
「…オッケー。けど、一護に喧嘩を売るなんで、相手も命知らずだね。」
水色から貰った絆創膏を指先に貼りながら、一護は犯人と接触する日がそう遠くない気がしていた。
(井上…俺が、護ってやるから…必ず…!)
一護はぐっと拳を握りしめ、改めてそう心に誓ったのだった。
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