時に愛は






…数日後。

下校の時間を迎えた織姫の教室は、若干ざわついていた。
何故なら。

「…よう、井上、帰るぞ。」
「あ!黒崎くん!」

一護が織姫をわざわざ教室まで迎えに来たからだった。
織姫は鞄に慌てて荷物をしまうと、手早くコートを纏い嬉しそうに一護に駆け寄る。

「な、なんで一護と井上さんが一緒に帰るの?!いつの間にそんな関係になったわけ?!」
わなわなと指先を震わせてそう言う啓吾をちらっと見ると、一護はしれっと答えた。

「いいだろ、別に。俺が井上と帰りたいんだから。」

その言葉を聞いた織姫のクラスメイトが、一気にどよめく。
「い、井上さんが遂に黒崎のモノに?!」
「ず、ずるいぞ…!」

織姫を先に教室から出すと、啓吾の後ろで驚きとも落胆ともつかない声をあげる男子生徒を、一護はぎろりと睨み付けた。
一瞬にして静まり返る教室。
男子生徒達は、凍りついた様に固まったり、びくっとして小さくなったり、慌てて目を逸らせたり。
最後までたった一人でぎゃあぎゃあと騒いでいた啓吾の声を背に、一護もまた教室を出たのだった。




「…ありがとう、黒崎くん。」夕暮れの道を二人で並んで歩く。
織姫は赤く染まる頬をマフラーでそっと隠しながらそう礼を言った。

「別に。一人で帰るなって言ったのは俺だからな。」
「でも、教室まで迎えに来てくれなくてもよかったのに。その…皆に色々言われて嫌だったでしょう?」

一護を気遣い、織姫がちらりと横を歩く彼を見上げる。
しかし、一護は「別に」と何事もなかったかの様に答えた。

「あれでいいんだよ。『牽制』かけたかっただけだから。」
「けんせい?」
一護の言葉の意味がよく分からず織姫が小首を傾げる。
「けど、必要なかったかもな。」
「え?え?」

一護は、織姫のクラスメイトの中に犯人がいるのではないかと疑い、敢えて織姫の教室まで迎えに行ったのだ。
しかし、一護が睨み付けた時の反応を見る限り、直感ではあるがこの中にあのメールの送り主はいないと感じた。

それならば、他の学級か、あるいは他学年にいるのか。
…いずれにせよ、犯人を探し出すのはかなり骨が折れそうだ。

こうして自分が織姫の側にいることで、相手が引き下がってくれるといいのだが…。
織姫を迎えに行き、わざと目立つ様に二人で帰る行為は、一護から犯人への牽制であり、宣戦布告でもあった。

「あれからね、変なメールも来なくなったの。黒崎くんのおかげだよ。」
白い息を吐きながら、微笑んでそう言う織姫に、一護が頷く。

「…まあ、相手がメアド変えてまた変なメール送ってくるかもしれないからな。とにかく、何かあったら隠さずすぐに相談しろよ。」
「うん。ありがとう、黒崎くん。」

今日何度目かの「ありがとう」を言う織姫の頭を、一護はぽんぽんとあやすように叩く。
それと同時に、一護には一つの疑問が浮かんでいた。

一体、犯人がどうやって織姫のアドレスを手に入れたのか。

…基本、機械音痴に近い織姫は極力親しい友人にしかアドレスを教えていない。
とすれば、その中からうっかり第三者に織姫のメアドを教えてしまった者を探せば、犯人に辿り着けるかもしれない…。

「どうしたの?黒崎くん。」
「え?ああ、何でもねぇよ。」

考え込むあまりつい無口になっていた一護は、織姫ににっと笑って見せた。

そうして辿り着いた、織姫のアパートの前。「本当にありがとう、黒崎くん。」

ぺこりとお辞儀をした後、織姫は何気なく郵便受けを開ける。
すると、中に一通の手紙が入っていた。

「あれ?これ…。」

それを手に取りながら、織姫は疑問の声を漏らした。
薄桃色の封筒には、「井上織姫様」と宛名こそ書かれているものの、住所はなく、切手も貼ってない。
封筒を裏に返して、リターンアドレスもないことを確認した織姫は不思議そうにそれを眺める。

一方織姫の横でその封筒を見つめていた一護は、なんとなく嫌な予感に襲われていた。

「…?まあいいや、じゃあ気をつけてね、黒崎くん。」
「いや、井上。」

アパート前で別れを告げようとした織姫を、一護が短い言葉で制する。

「…あと少しだけ、いいか?俺も、その封筒の中身を一緒に確認したら帰るから…。」





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