時に愛は
一護が織姫をアパートまで送り自宅に着いたのは、すっかり日も落ち暗くなった頃だった。
妹へ適当な挨拶をし、自分の部屋に入った一護は明かりもつけず身体をベッドへと沈める。
一護の頭の中が暗く重いのは、冬の夜の空気のせいだけではない。
2つの大きな問題が、一護の心を埋めていたからだった。
…一つは、先程織姫から打ち明けられた、怪しい人物の存在。
メールの内容から察するに、犯人が空座高校の生徒であるのは間違いない。
…勿論、教師という線もあるが、それはあまり考えたくはない。
織姫は本人にこそ自覚はないが、学校でアイドルの様に見られているのは周知の事実である。
織姫の容姿や性格から、彼女に好意を抱く男子生徒がいることは不本意ながら仕方がないとは思う。
けれど、織姫へメールを送りつけてきた「誰か」の好意の寄せ方は、明らかに間違っているし、危険だ。
このまま何も起こらなければいいが、もし相手がエスカレートした行為に走るようなら…。
今日の、何者かに怯えながらそれでも友人に迷惑を掛けまいと独りで耐えていた織姫を思い出す。「井上…俺が、護ってやるから。」
部屋の天井を見つめながら、一護は一人そう誓った。
しかし、同時に一護が抱えるもう一つの問題が、重たく彼の頭にのし掛かってくる。
彼が抱えるもう一つの問題…それは、他ならぬ一護自身の進路。
実は、一護はN大の医学部とA大の医学部のどちらを本命とするか、ずっと悩んでいた。
N大なら、空座町から通えるため、実家を離れずに済む。
妹達に寂しい思いはさせたくないし、医者を目指す以上あんな父親でも近くにいる方が学ぶことも多いだろうと思う。
そして、もう一つ。
織姫もN大の教育学部を受験するということ。
動機が不純だと言われるかもしれないが、意識をしていないと言えば嘘になる。
いつの頃からか、友人・仲間に対する感情とは違う何かを織姫に抱くようになっていて、それが所謂「恋愛感情」だと気付いたのはつい最近のこと。
高校を卒業し、それぞれ旅立っていくのは当然のことだが、彼女とだけはもう少し同じ道を歩いていたい…一護はそんな風に考えていた。
しかし。
致命的な問題が一つ。一護のセンター試験の成績では、N大の医学部は合格圏内とは言い難いのだ。
ならば、確実に合格できそうなA大を受験するか…。
しかし、A大は遠い。
独り暮らしは人生の上で一度は必要だと考えているから抵抗はないが、空座町で家族や織姫に何かあったときにすぐに帰れる距離ではないことが気になる。
「くそ…。どうするんだ、俺…。」
暗い部屋に、時計の針の音がやけに響く。
こうしている間にも、二次試験の日は刻々と近づいているのだ。
焦っているはずなのに、目標が定まらず動き出せない自分に苛立ちを感じながら、ごろりと寝返りをうち、一護は一人そう呟いたのだった。
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