時に愛は





「…なんだ、これ。」

織姫から差し出された携帯電話のメールを見た一護は、目を見開く。

『キミはボクのモノ。他の男と親しくするのは許さない。』

そのメールを読み終わったと同時に、一護は弾かれた様に後ろを振り返った。
ここは、北校舎一階の教室の窓際。
向かいにある南校舎の廊下の窓からなら、どの階からでも二人の様子は見ることができる。
しかし、当然のことながらどの窓にも人影はなかった。

「井上、これ…。」

メールの送り主を見つけることは無理だと判断した一護は、再び俯く織姫と向き合った。

「…ときどきね、そういうメールが来るの。いつも誰かに見られてるみたいで、少し怖いって言うか…。」
「…いつからだ?」
「センター試験の辺りから…かな。でも、最近はメールの頻度がどんどん増えてきて…。」

一護は、織姫の悪い癖が出たと思った。どんなに困っていても、誰にも相談せず自分が我慢することで解決しようとする、癖。

「誰にも言ってないのか?たつきにも?」
「だ、駄目!たつきちゃんにだけは言わないで!たつきちゃん、今がいちばん大事なときなの。だから…!」俯いていた織姫はばっと顔を上げ一護を見つめると、必死に懇願した。

たつきはセンター試験後、スポーツ特待生として一足先に推薦入試を受けることになっていた。
その試験が直前に控えている今、織姫はたつきにだけは余計な心配をかけたくないのだ。

「…本当は、たつきちゃんだけじゃない。みんな、今が大事なときなの。だから…。」
「分かった。」
いかにも織姫らしいその言葉を、一護が短く遮る。

「誰にも言わねぇよ。その代わり、俺にだけは隠さずに全部教えてくれ。それだけ、約束しろ。」
「でも…。」
「頼むから、そうやって一人で抱え込むな。その方が気になって受験勉強の邪魔になる。だから、俺には何でも話してくれ。約束だ。」

柄でもないと思いながら、一護はずいっと小指を差し出した。織姫は驚いて目を丸くしたが、直ぐにはにかんだような笑顔を見せた。
「…うん。ありがとう…。」

二人の小指がきゅっと絡む。
その行為に、一護は今更照れたように小指をほどくと、ばりばりっと頭をかいた。
織姫も嬉しそうに頬を赤く染める。
「じゃ、こいつをちょっといじるな。」
そう言うと、一護は織姫の携帯電話を操作し始めた。

「え?何してるの?黒崎くん。」
「こいつからのメール、着信拒否にしてやるから。」
「着信拒否?」

小首を傾げる織姫に、一護はやっぱりと溜め息をつく。
機械音痴な織姫のこと、一護の予想通り着信拒否の機能を知らなかったのだ。

一護は一通り操作し終えると、携帯電話を織姫に返した。
「これで、ソイツからのメールだけ拒否できるから。もうビビらなくていいぜ。」
「ほ、本当?黒崎くんすごい!」

まるで手品でも見た様にそう言う織姫のおでこを、一護は人差し指で軽くつく。
「だから、一人で抱え込むなって言うんだ。これくらいのこと、いつでもしてやるから。」

にっと笑う一護に、織姫はおでこを擦りながら微笑み返した。
「…うん。ありがとう…。」


気が付けば、射し込む日差しは随分と傾き、オレンジ色に教室を染めている。

「じゃあ、そろそろ帰るか。送ってくぜ、井上。」
自分の鞄に手をかけながらそう言う一護に、織姫は慌てて手を振った。
「いえいえ、ちゃんと一人で帰れますよ!」「ダメだ。それこそ、さっきのメールの送り主がどこにいるのか分からないんだぜ?これからも、絶対に一人で帰るな。もし、たつき達と帰れないときは、俺を呼べ。いいな?」

ずいっと織姫に近づき、有無を言わせぬ勢いでそう言う一護に、織姫は反射的に首をこくこくと縦に振る。

「よし。じゃ、行くぞ。」
「は、はい!」

一護の声に織姫は背筋をぴっと伸ばすと、慌てて彼の後ろに続いた。
織姫の目には、一護の背中が以前よりまた更に大きく頼もしく映っていたのだった。





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