時に愛は〜その後のお話〜






一護のベッドに並んで腰掛けながら、入学手続きやこれから先の予定など、大学の資料を見ながらしばらく話し込む。

「…そう言えばさ、井上。」
「なぁに?」

読み終えた資料をドサリとベッドの脇へ置いた一護にふと思い付いた様に呼び掛けられ、織姫がふわりと答える。
「もしN大に受かったら、何か俺に言いたいことがあるって言ってなかったか?」

その一護の何気ない一言で、織姫の顔が瞬時に真っ赤に染まった。

「え、え、あ、あれは、その…!」
焦ってわたわたと両手を振る織姫。
織姫の困惑ぶりに、一護はどうやら自分の質問は気軽にするようなものではないらしいと判断した。

「いや、言いたくないならいいけどな、別に…。」
「ちっ、違うの!ちゃんと言うつもりで、でもまだ心の準備がと言いますか…!」

そこまで言うと、織姫はぱたぱたと振っていた手をぴたりと止め、上目遣いで一護を見上げる。

「…でも、言っても、いいですか…?」
「…?ああ、井上さえ良ければ。」

織姫はベッドから立ち上がると2、3歩前へ出てくるりと振り向き、不思議そうな顔をしている一護に向き合った。胸に手を当てて、すうっと大きく息を吸い込み、織姫は跳ねる鼓動を何とか落ち着かせる。
そして、自分を見つめる一護に精一杯の笑顔を見せた。

「…あのね、黒崎くん。私、ずっと前から黒崎くんのことが好きです。」
「…なっ…?!」

予想外の織姫の言葉に、今度は一護が狼狽え顔を赤くする。

「本当に本当に大好きで、こんなに好きになれる人に出会えて、私は幸せだなって…黒崎くんに感謝の気持ちでいっぱいで…。」

そこまで想いを言葉にすると、織姫は涙が溢れそうになっていることに気付き、慌てて目元を拭った。
「だからね、本当にありがとうって伝えたかったの。えへへ…変だね、何で泣けちゃうのかな…。」
「井上…。」

照れ隠しの様に目元を服の袖でごしごしとこする織姫に、一護もまた立ち上がると織姫の細い両手首を取る。
「あんま擦るな、目が赤くなるぞ。」
「えへへ、申し訳ない…。」

勇気を振り絞った反動だろうか。
安堵した様にふにゃりと笑う織姫が、一護は愛しくて堪らなくなった。

一護は織姫の手首を掴んだまま彼女の耳元に口を寄せると、そっと囁く。「ありがとな、井上。」
「うん…。」
「それで…さ、井上。」
「うん、なぁに…?」

一護に想いを受け止めてもらえて、夢見心地で彼の言葉に答える織姫。
一護は耳まで赤くなりながら、同じぐらい赤い織姫の形良い耳にぼそりと呟いた。

「俺も、N大合格したからさ…追加のご褒美、貰っていいか?」
「…え?」

くりくりとした目を更に大きく見開いて、織姫が一護を見上げる。
そして顔を赤らめた一護の、それでも真剣な眼差しに、織姫は僅かに震えながらも静かに瞳を閉じた。

「…井上…。」

それを承諾の意ととらえ、一護はゆっくりと顔を近付ける。
二人の心臓の音だけが響く中、そっと触れる、唇と唇。
時が止まったような錯覚が二人を包む。

どちらともなく離れていく顔は、真っ赤に染まりながらもどことなく名残惜しそうで。

「…あ…。」

恐らくは無意識なのであろうが。
潤んだ瞳と艶やかな表情で悩ましい声を漏らす織姫に、一護は心臓がどくりと音を立てたのを聞いた。

「…あのさ、ありがとな、井上。でさ…。」
「う、うん…?」
「…もう一回、してもいいか?」一護の中で恥ずかしさを上回る、織姫をもっと感じたいという欲求。

しかしながら、それは織姫の方も同じだったらしく、真っ赤に染まった顔で再び瞳を閉じる。

「…ん…っ。」

僅かに角度を変えながら繰り返し押し当てられる一護の唇を、織姫は身体を強張らせながらも己のそれで精一杯受け止めた。

窓から差し込む、オレンジ色の柔らかな日差しが作り出す魔法なのか。
お互いに初めてでありながら、自然と繰り返される行為。

「お兄ちゃん、織姫ちゃーん!支度できたよ、降りてきてー!」

…しかし、その魔法を勢いよく破ったのは、階段下からの遊子の叫び声だった。

部屋の扉を開けられた訳でもないのに、ものすごい速さで離れる一護と織姫。
前回抱き合っていた場面を遊子と夏梨に見られたこともあり、二人の反応は過剰なまでに速かった。

「あ…ゆ、夕食の支度できたみたい…だよ…?」
火照った顔を両手で覆いながら、織姫がぽつりと呟く。

「だな、い、行くか…。」
一護も真っ赤な顔のまま、ガリガリと頭をかいた。

そうして二人は「平常心、平常心…」と心で幾度も唱えながら、階段を下りていったのだった。




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