時に愛は〜その後のお話〜
「お、おう…。」
しかし、一護は織姫の純粋な感謝の言葉に曖昧な返事を返した。
勿論、織姫を心配していた気持ちに嘘はない。
しかし、半分は男としての独占欲もあって。
織姫の身体も唇も、初めて触れる男は自分でありたい…そう思ってしまっている自分を悟られたくなくて、一護は織姫と目を合わせられずにいた。
「…どうしたの?」
「な、何でもねぇよ…。」
一護の横に身を乗り出し顔を覗きこむ織姫から逃げる様に、一護は思わず顔を背ける。
「何かヘンだよ、黒崎くん。」
「何でもねぇって!」
何とか一護の表情を見ようと無邪気に接近する織姫に、一護が勢いよく振り向けば。
「あ…。」
予想以上に近いお互いの距離に、二人同時に動けなくなった。
まるで時間が止まったかの様な感覚が二人を包む。
今までなら、どちらかがパッと離れ、笑って誤魔化していたであろうこの距離。
けれど、今日の出来事が、そして先程火が点いたばかりの独占欲が、一護の身体を突き動かした。
「きゃっ…。」
急に身体を引かれて、織姫が小さな悲鳴を漏らす。それと共に、織姫の身体は一護の腕の中に閉じ込められていた。
「く、黒崎くん…。」
織姫が小さく息を飲む。ぎゅっ…と抱きしめられた織姫の身体がぴくんっと小さく跳ねたが、背中に回された一護の腕がそれを押さえ付けた。
「あ…え、えっと…。」
「…さっき、さ。」
動揺と緊張で何を話せばよいのか解らない織姫の言葉を、一護が遮る。
「さっき、公園でオマエが俺の腕の中に飛び込んで来てくれて、めちゃくちゃ嬉しかったんだ。…けど、オマエあの時分厚いコート着てたから、ぶっちゃけ布の塊抱いてるみてぇで…。」
一護にそう言われて、織姫も公園でのことを思い出した。
確かに、織姫も一護の腕の中で泣きじゃくったが、覚えているのは一護の着ていたコートのごわごわした感覚だけ。
真冬なのだから仕方のないことだが、お互いの着ていたコートの厚い布地が、二人の間を阻んでいたのだ。
「…そ、そうかも…。」
「だろ?だから、その…改めてっつーのもヘンだけどよ、ちゃんと井上を抱きたいんだよ…。」
「う、うん…。」
一護の意図を受け入れた織姫の身体から次第に力が抜ける。
織姫はそのまま一護の肩に頭を乗せ、全てを彼に委ねた。
既に入浴を終えた二人は部屋着姿。
先程のコートとは違い、お互いの身体の輪郭や体温、逸る鼓動が否応なしに伝わっていく。
一護は織姫の背中に回していた手を無意識に下へと動かした。
それが思いもよらず織姫のくびれたウエストラインをするりとなぞることになり、一護の心臓がばくりと音を立てる。
「く、黒崎くんの身体は、硬くて厚いね…。」
「い、井上の身体が柔らかすぎるんだって…。」
お互いの心臓は今にもショートしそうなほど早鐘を打っているのに、それでも2つの身体が離れることはなく。
織姫より先に少し落ち着きを取り戻した一護が、思い切った様に織姫の耳元で呟いた。
「あのさ、井上。もし俺がN大に受かったらさ、付き合ってくれ…って言ったけど…。もうひとつ、追加で我が儘言ってもいいか?」
「う、うん、なあに?」
あまりにもうるさい自分の心臓の音に、織姫は一護の声を何とか聞き取ろうと、神経を精一杯耳へと集中させる。
「もし、俺がN大に受かったら…。」織姫の耳元で、顔を真っ赤に染めながら、一護が要求を呟いた。
それを聞き取ると同時に、既に赤かった織姫の顔も更にもう一段階赤みを増す。
「あ、あの、あの…!」
「…ダメか?」
湯気が出そうなほど熱い身体をもて余しながら一護がそう言うと、織姫が消えそうなほど小さな声を懸命に絞り出した。
「…だ、だめじゃない…です…。」
恥ずかしさから今すぐ何処かへ逃げ出したい衝動に駆られながら、精一杯の想いを込めて答える織姫を、一護は改めてぎゅっと抱きしめる。
「…うっし、俄然ヤル気出た。」
「く、黒崎くん…。」
照れ臭さを誤魔化すようにそう言う一護の名を、織姫が困った様に呼んだ、そのとき。
「じゃーん!織姫ちゃん、お兄ちゃん、お夜食持ってきたよ!」
バン、と大きな音を立てて部屋の扉が勢いよく開き、遊子と夏梨が現れた。
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