時に愛は〜その後のお話〜
《その夜のお話》
想いの通じあった二人が黒崎家に着いたのは、輝くオリオン座がかなりの高さに上った頃だった。
「お帰りなさい!遅いから心配してたんだよ。」
「早く夕食にしよう!」
「二人でデートしてくるなら、そう先に連絡くれれば父さん達も…ぐはっ!」
「うるせえ、親父。」
「あの、遅くなってごめんなさい…。」
本当はデートなんて甘いことではなく、織姫がストーカー事件に巻き込まれ大変だったわけだが、結果として一心の言うデートも当たらずとも遠からずと言ったところな訳で…。
一心は早々に一護の照れ隠しとも言える拳を受けて苦しむ羽目になったのだった。
5人で食卓を囲みながら、織姫は明日から自分のアパートへ戻ることを話した。
「ええっ!もう帰っちゃうの?!」
同時にそう叫んでがっかりする遊子と夏梨に、織姫もまた困った様に笑って見せる。
「うん、いつまでもここにお世話になるのは申し訳ないし、アパートの工事も無事終わったから…。」
黒崎家にはストーカーのことは話さず、アパートの工事だと一護は説明していた。その工事が終わったとなれば、遊子達にも織姫を引き留めることはできない。
「残念だなあ、もっとウチにいればいいのに。」「じゃあ、今日はお夜食、奮発するね!」
「お父さんも、一回ぐらい織姫ちゃんとお風呂に入りたかった…がふっ!」
「冗談でも聞き捨てならねぇよ、クソ親父。」
この賑やかな食卓から離れるのは、勿論織姫も寂しい。
それでも、一護に勉強に集中してもらう為に、また一護に相応しい自分になりたいからこそ、彼に依存せず自分の力で合格を掴む為に、織姫はアパートに戻ることを決めたのだった。
その日の夜も、一護の部屋で二人はいつものように受験勉強をした。
例によって解らないところを教えあう以外は会話もなく、お互い黙々と問題集に向き合う。
一見昨日までと何も変わらない勉強風景。
だが、その実織姫は幾度もちらちらと一護の様子を伺っていた。
一護が手にしている問題集の表紙、「N大学医学部・過去問題集」の文字を見るたびに、織姫は頬が緩むのを抑えられないのだ。
「…なあ、井上。」
「は、はははいっ?!」
突然一護に名を呼ばれ、織姫は一護ばかり見ていたのがバレてしまったのかと内心焦って返事を返した。
「あのさ…その、勉強死ぬ気で頑張るとか言っておいて何だけど…さ。どうしても気になってることがあるんだ…聞いてもいいか?」
「え?あ、はい、どうぞ!」
明後日の方を見ながら躊躇いがちにそう言う一護は、織姫の動揺に気付いていない。
織姫は一護ばかり見つめていたことがバレていなさそうだとほっとしながら返事をした。
「…俺、ちゃんと間に合ってたか?」
「…え?」
一護の質問の意味がよく解らず答えを返せない織姫に、一護はばりばりっと頭をかいて気まずそうに続ける。
「いや、だから!…さっき、ストーカー野郎に井上が何かされてたんじゃねぇかって心配になって…。わりぃ、思い出したくもねぇこと聞いちまって…やっぱ、今のナシ!」
頭をかきむしって慌ててそう訂正する一護の言わんとすることを漸く理解した織姫は、彼らしい優しさに思わずくすりと笑った。
「…大丈夫だよ、黒崎くん。黒崎くんが危機一髪で助けに来てくれたから、何もされずに済んだよ。」その言葉に一護はちらりと織姫を見る。
その笑顔に嘘も戸惑いもないことに、一護は安堵の溜め息を漏らした。
「それにね、そんなに悪い思い出でもないよ。確かに怖かったけど…ちゃんと黒崎くんが助けに来てくれたんだもん。すごく…嬉しかった。」
織姫があまりに綺麗な笑顔でそう言うので、一護の心臓がどくりと大きな音を立てる。
「勉強中もずっと心配してくれてたんだね。…ありがとう、黒崎くん。」
一護の優しさに、織姫もまたドキドキする心臓を押し隠してそう言うのだった。
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