時に愛は
高校3年生にとって、その先の人生を大きく左右すると言っても過言ではない関門、センター試験。
一護と織姫が放課後に進路指導室でばったりと出会ったのは、それが終わってしばらくたったある寒い日だった。
「あ、黒崎くんも過去問題集を借りに来たの?」
そう言う織姫の手には、既に赤い表紙の過去問題集が抱えられていた。
「おう、井上もか。」
そう答えながら、一護の視線は織姫の持っている本に向けられる。
そこに書かれているのは、「N大学・教育学部」の文字。
「やっぱ、井上はN大一本なんだな。」
織姫は、経済的なこともあり、今のアパートから通える国公立大学しか受験しないのだとたつきから聞いていた一護は、ぽつりとそう言った。
「うん。何校も受けると受験費用とか交通費がかさむから…本当に行きたい大学だけ受けることにしたの。落ちたら…って考えると怖いけどね。」ちろっと舌を出して、織姫は苦笑いをした。
「いや、井上なら絶対大丈夫だと思うけどよ…。」
そんな会話を交わしながら、どちらともなく指導室の奥、暖かい陽射しの射し込む窓際へと移動する。
センター試験後、いつも見えない何かに追われているような日々の中で、久しぶりに得た柔らかい時間。
それが単に窓越しに降り注ぐ陽射しのせいだけではないことにお互い気付きながら、それとは口に出せないでいた。
一護は理系、織姫は文系クラスで、かつての様に学校で一緒に授業を受けることもなくなって。
偶然、二人きりになれたこの時間をもう少しだけ味わいたくて。
進路のことやもっと先の将来のこと、他愛もない近況などを、ぽつりぽつりと話していた。
目の前に広がる眺めは大学情報誌や過去問題集がぎっしりと入った本棚で、甘い雰囲気にはほど遠かったが。
「黒崎くんは、どこの大学が本命なの?」
会話の流れでふと進路を織姫に尋ねられ、一護は一瞬言葉に詰まる。
「え…ああ、そうだな…。」
一護が言い淀み返答に困っていると、織姫が机に置いておいた鞄から、彼の思考を遮る様に携帯電話の着信音が響いた。
トゥルルル…。
2回で切れたところから、どうやらメールの着信音らしい。
しかし、一護はその着信音を聞いた瞬間、見てしまったのだ。
…織姫の表情が一気に凍り付いたのを。
「…どうした?井上。」
怪訝そうな顔で自分を見下ろす一護に、織姫ははっとしていつもの笑顔を取り繕った。
「え?べ、別になんにもないよ?」
何でもないと言う様に小さな手をひらひらと振る織姫。
しかし、一護の瞳はその笑顔の裏に怯えに似たものが走ったのを見逃さなかった。
「…井上、何か隠してるだろ?」
一護の強い視線と問いかけに、織姫は大きな瞳をうろうろとさ迷わせる。
「…そ、んなこと、ないよ…?」
俯いた織姫の口からやっと出たその声はあまりにもか細く、頼りない。
「…じゃあ、ケータイ見てみろよ。メール来てるんだろ?大事な用事かもしれないし。」
そう一護に促されて、織姫は観念したようにゆっくりと鞄に手を伸ばし、自分の携帯電話を取り出した。
そして、ディスプレイ画面を見て、再び表情を曇らせる。
「…井上。」
一護に名を呼ばれびくりと肩を震わせた後、織姫は今にも消えそうな声で呟いた。
「あの…ね、黒崎くん。誰にも言わないって、約束してくれる…?」
「…?ああ、約束するよ。」
織姫の申し出に、一護はそうはっきりと言いきる。織姫はその力強い声に僅かに安堵の表情を見せると、携帯電話を一護に差し出した。
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