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生物委員会委員長
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「おーい。使い物になるのか?今日は」
「そのくらい問題ない。妙な言い方はやめろよ、三郎」
心外だと言いたげな竹谷の憮然とした表情に、鉢屋は怪訝な眼差しを返した。
辛辣ととられるかもしれないが、彼が特別親しくしている先輩である雨彦が帰ってきてから、喜ぶのかと思えば以前のように会うことが出来ないと嘆くのを見せられて、鉢屋は鉢屋でうんざりしていたのだ。
竹谷が雨彦のことで機嫌を損ねている姿は久方ぶりに見たので、対処しかねた。
その反動なのか、今朝長屋に訪ねてきた雨彦と会話を交わしてから、竹谷はずっと浮ついている。それこそ鬱陶しいくらいに。
「近寄っても平気なのか?」
「ああ、機嫌がいいみたいだから大丈夫」
竹谷の傍らには、今年の春に生物委員会の一年生が拾ってきた犬が若干緊張気味に座っている。
拾われた季節をそのまま名付けられた彼女は、まだ人馴れが浅いらしく、放すときは竹谷か委員長である雨彦が必ず傍についている。近づく時も、勝手がわかっている彼らに確認しなければならなかった。
生物委員会は下級生が多い委員会の一つだ。上級生しか面倒を見られない状態を続けるのは現実的ではないから、学園の敷地内を歩かせて、生徒や先生たちの存在にも慣れさせる訓練中なのだろう。
「……あれ、思ったより近づける。少し前まで歯を剥き出しにして唸ってたのに」
新入りの犬、ハルは、手負いの状態を発見されて学園に持ち込まれた。簡単な気持ちで生き物を拾って連れてきてはならない、とは一年生達に教えていたが、様子を見れば放っておけないのも無理はなかった。
運び込まれたばかりで騒然としている中で、一年生が一人で抱えられるほどの大きさしかない仔犬が虫の息で居たのを、鉢屋も見た。
後に聞いた話だと、事故や他の動物と戦った後などではなく、人間に暴力を受けた線が濃いらしかった。胸の悪くなる話だが、乱れた世の中では女や子供、小さな犬猫に暴力を与える輩は少なくない。合点のいく結論でもあった。
そんな経歴もあってか、人の姿や自分に近づいてくる手に怯え牙を剥く姿ばかり見てきたのだが、竹谷と声を張らずに話せる距離まで近づいても、ハルは竹谷の隣でしゃんと腰を落ち着けていた。人の腿ほどまである体高は、こうしていると凛々しく見える。
「あ、触るのはダメだぞ。ハルは気高いからな」
「いや、臆病なだけだろ」
「まさか。忠実で賢い。少し前に、下級生たちと一緒に学園内を歩いたけど平気だったんだ。ちゃんと改善してる」
竹谷は言って、少し腰を曲げてハルの顔の横に手の甲を近づけた。
ハルはその手に鼻を寄せ、匂いを窺ったあと、頭を押し付けるようにして軽くじゃれる。確かに、こうして見ると懐っこい性格にしか見えない。
「八左ヱ門に似てる」
「え?……いや待て、半分バカにしてるだろ」
「そんなことない。相手を選んで甘えるところなんてそっくりだ」
「そんなことなくねーじゃねえか!」
竹谷は基本的に快活で常識的な男だ。五年生の中では、比較的振り回される側になることの方が多いと言ってもいい。動物に例えるなら、正しく大きな身体の犬だ。
「やっぱり意外だ」
「何が?」
「八左ヱ門が一人の先輩に拘泥してることが」
誰しもが大なり小なり拘りを持っているものだ。竹谷にとってのそれは狗山雨彦だ。しかし、鉢屋からすれば、竹谷が人物に対して執着を見せること自体が、普段の竹谷の印象とはやや反するもののようにも見える。
竹谷が雨彦に向けるものが尊敬であることに間違いは無い。しかし、純粋にそれだけとも言えないのは、五年と六年の間では言葉にせずとも共通の認識であった。
竹谷のように根から明るく見える人物でも、そうなるのか。ある種、感嘆のような感慨が鉢屋の中にはあった。
「まさか三郎に言われるとは……」
「私は純粋に雷蔵の顔がいいからこうしてるんだ。八左ヱ門みたいな罪悪感なんて無いよ」
「……いや、人の顔借りてるんだから罪悪感はあった方がいいだろ」
「おっと。一理ある」
竹谷は僅かに表情を曇らせた。
竹谷が雨彦に対して今のようになったことには、明確な転機と理由がある。雨彦と竹谷の関係がまだ健全の範疇に収まっているのは、雨彦が転機となった一件のことを竹谷の前で一度も口にしないからだ。
器が大きいと言えば聞こえはいい。本当にそうであれば。
「私は苦手なんだよな、あの人」
「そんな印象抱くほど接点あったか?」
「いいや。勘」
悪い人ではない。それは本当だ。性格が合わない、というのも違う気がする。直感という他無かった。
自分と同じ匂いがするのだ。学友に向ける穏やかさには裏など無いだろうに、彼の本質を掴めたようには思えない。そんな奇妙さが、鉢屋は自分と似たものを見ているような気分にさせられて、好きではなかった。
他の生徒がそれに気がついていないのか、気がついている上で彼の善良さを好む方に比重を置いているのかは分からない。
誰が誰をどう思うかなんて、その人の勝手だ。だから、鉢屋も竹谷を咎めるつもりは無かった。
「ま、それはどうでもよくて。さっき確認したら、今日は五年全員空いてるみたいだった」
「本当か?ならハルを先輩に預けてきた方がいいな」
「そうしてくれると助かる。はあ、やっと集まって話ができる……」
鉢屋は小さく息をついて、ぐるりと首を回した。
近々、六年生が揃って学園を空ける予定がある。その数日間の穴を、五年生で埋められるだけ埋める算段を立てるために集まりたかったのだが、例によって今まで機会を奪われていた。
せめて呼び出される生徒が誰なのか前もって分かればいいのだが、そう都合よくもいかない。当日、呼び出しが起きてからでなければ、誰の手が空いているか分からないのだ。
今日を逃すと次がいつになるか分からない。竹谷もそれを分かっているから、すぐにハルに合図をした。
「雨彦先輩を見つけてハルを渡してから合流する、先に行っててくれ。長屋だよな?」
「ああ。今日中に纏めて先生方に共有するのが目標だから、気張れよ」
竹谷はそれに頷いて、ハルを連れて生物委員会の活動地点の方に走っていった。それを見送ってから、鉢屋も長屋の方向に踵を返す。
「……はぁ、なんか、嫌な予感するんだよなぁ……」
根拠の無い勘だ。結局、どの出来事のことを察した予感だったのか、後からでは判別できないものだったが。
「そのくらい問題ない。妙な言い方はやめろよ、三郎」
心外だと言いたげな竹谷の憮然とした表情に、鉢屋は怪訝な眼差しを返した。
辛辣ととられるかもしれないが、彼が特別親しくしている先輩である雨彦が帰ってきてから、喜ぶのかと思えば以前のように会うことが出来ないと嘆くのを見せられて、鉢屋は鉢屋でうんざりしていたのだ。
竹谷が雨彦のことで機嫌を損ねている姿は久方ぶりに見たので、対処しかねた。
その反動なのか、今朝長屋に訪ねてきた雨彦と会話を交わしてから、竹谷はずっと浮ついている。それこそ鬱陶しいくらいに。
「近寄っても平気なのか?」
「ああ、機嫌がいいみたいだから大丈夫」
竹谷の傍らには、今年の春に生物委員会の一年生が拾ってきた犬が若干緊張気味に座っている。
拾われた季節をそのまま名付けられた彼女は、まだ人馴れが浅いらしく、放すときは竹谷か委員長である雨彦が必ず傍についている。近づく時も、勝手がわかっている彼らに確認しなければならなかった。
生物委員会は下級生が多い委員会の一つだ。上級生しか面倒を見られない状態を続けるのは現実的ではないから、学園の敷地内を歩かせて、生徒や先生たちの存在にも慣れさせる訓練中なのだろう。
「……あれ、思ったより近づける。少し前まで歯を剥き出しにして唸ってたのに」
新入りの犬、ハルは、手負いの状態を発見されて学園に持ち込まれた。簡単な気持ちで生き物を拾って連れてきてはならない、とは一年生達に教えていたが、様子を見れば放っておけないのも無理はなかった。
運び込まれたばかりで騒然としている中で、一年生が一人で抱えられるほどの大きさしかない仔犬が虫の息で居たのを、鉢屋も見た。
後に聞いた話だと、事故や他の動物と戦った後などではなく、人間に暴力を受けた線が濃いらしかった。胸の悪くなる話だが、乱れた世の中では女や子供、小さな犬猫に暴力を与える輩は少なくない。合点のいく結論でもあった。
そんな経歴もあってか、人の姿や自分に近づいてくる手に怯え牙を剥く姿ばかり見てきたのだが、竹谷と声を張らずに話せる距離まで近づいても、ハルは竹谷の隣でしゃんと腰を落ち着けていた。人の腿ほどまである体高は、こうしていると凛々しく見える。
「あ、触るのはダメだぞ。ハルは気高いからな」
「いや、臆病なだけだろ」
「まさか。忠実で賢い。少し前に、下級生たちと一緒に学園内を歩いたけど平気だったんだ。ちゃんと改善してる」
竹谷は言って、少し腰を曲げてハルの顔の横に手の甲を近づけた。
ハルはその手に鼻を寄せ、匂いを窺ったあと、頭を押し付けるようにして軽くじゃれる。確かに、こうして見ると懐っこい性格にしか見えない。
「八左ヱ門に似てる」
「え?……いや待て、半分バカにしてるだろ」
「そんなことない。相手を選んで甘えるところなんてそっくりだ」
「そんなことなくねーじゃねえか!」
竹谷は基本的に快活で常識的な男だ。五年生の中では、比較的振り回される側になることの方が多いと言ってもいい。動物に例えるなら、正しく大きな身体の犬だ。
「やっぱり意外だ」
「何が?」
「八左ヱ門が一人の先輩に拘泥してることが」
誰しもが大なり小なり拘りを持っているものだ。竹谷にとってのそれは狗山雨彦だ。しかし、鉢屋からすれば、竹谷が人物に対して執着を見せること自体が、普段の竹谷の印象とはやや反するもののようにも見える。
竹谷が雨彦に向けるものが尊敬であることに間違いは無い。しかし、純粋にそれだけとも言えないのは、五年と六年の間では言葉にせずとも共通の認識であった。
竹谷のように根から明るく見える人物でも、そうなるのか。ある種、感嘆のような感慨が鉢屋の中にはあった。
「まさか三郎に言われるとは……」
「私は純粋に雷蔵の顔がいいからこうしてるんだ。八左ヱ門みたいな罪悪感なんて無いよ」
「……いや、人の顔借りてるんだから罪悪感はあった方がいいだろ」
「おっと。一理ある」
竹谷は僅かに表情を曇らせた。
竹谷が雨彦に対して今のようになったことには、明確な転機と理由がある。雨彦と竹谷の関係がまだ健全の範疇に収まっているのは、雨彦が転機となった一件のことを竹谷の前で一度も口にしないからだ。
器が大きいと言えば聞こえはいい。本当にそうであれば。
「私は苦手なんだよな、あの人」
「そんな印象抱くほど接点あったか?」
「いいや。勘」
悪い人ではない。それは本当だ。性格が合わない、というのも違う気がする。直感という他無かった。
自分と同じ匂いがするのだ。学友に向ける穏やかさには裏など無いだろうに、彼の本質を掴めたようには思えない。そんな奇妙さが、鉢屋は自分と似たものを見ているような気分にさせられて、好きではなかった。
他の生徒がそれに気がついていないのか、気がついている上で彼の善良さを好む方に比重を置いているのかは分からない。
誰が誰をどう思うかなんて、その人の勝手だ。だから、鉢屋も竹谷を咎めるつもりは無かった。
「ま、それはどうでもよくて。さっき確認したら、今日は五年全員空いてるみたいだった」
「本当か?ならハルを先輩に預けてきた方がいいな」
「そうしてくれると助かる。はあ、やっと集まって話ができる……」
鉢屋は小さく息をついて、ぐるりと首を回した。
近々、六年生が揃って学園を空ける予定がある。その数日間の穴を、五年生で埋められるだけ埋める算段を立てるために集まりたかったのだが、例によって今まで機会を奪われていた。
せめて呼び出される生徒が誰なのか前もって分かればいいのだが、そう都合よくもいかない。当日、呼び出しが起きてからでなければ、誰の手が空いているか分からないのだ。
今日を逃すと次がいつになるか分からない。竹谷もそれを分かっているから、すぐにハルに合図をした。
「雨彦先輩を見つけてハルを渡してから合流する、先に行っててくれ。長屋だよな?」
「ああ。今日中に纏めて先生方に共有するのが目標だから、気張れよ」
竹谷はそれに頷いて、ハルを連れて生物委員会の活動地点の方に走っていった。それを見送ってから、鉢屋も長屋の方向に踵を返す。
「……はぁ、なんか、嫌な予感するんだよなぁ……」
根拠の無い勘だ。結局、どの出来事のことを察した予感だったのか、後からでは判別できないものだったが。
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