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生物委員会委員長
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遠目の空に、鷹が円を描いて飛んでいるのが見えた。
生物委員会で飼育している鷹を運動や訓練のために飛ばす時の軌道だ。綺麗に旋回を続けていたかと思うと、降下して姿が見えなくなった。
犬や鷹を直接使役できるのは、生物委員会の上級生だけだ。ある程度調教を済ませた個体は他の生徒や先生たちの指示にも従うが、そもそも使役には生物委員会の許可が必要である。
竹谷は、委員会活動の真っ最中であるはずのこの時間、天女に呼び出されて無為な時間を潰すことを強要されていた。
自分がここに居るということは、あの鷹を飛ばせるのは一人しか居ない。
狗山雨彦。竹谷が敬愛してやまない、同委員会の先輩だ。竹谷は学園生活の中で、誰よりも雨彦に世話になってきた。
彼に良き後輩として認められていると実感したとき、えも言われぬ心地にさせられる。あと少しで自分は最上級生になろうとしているのに、みっともないまでにこの人に肯定されたい、愛でられたいなどと考えてしまうのだ。
しかしそれも、天女のおかげで長いこと叶っていない。
帰ってきた雨彦にまともに挨拶すら出来ていなかった。いの一番に彼を出迎えたかったのに、学園に生じたゴタゴタのせいでその権利が誰に渡ったのかも分からない。
竹谷は深く溜息をつき、落胆に自分の顔を手で覆った。
ーーという、夢を見た。
いや、実際には現実だ。現実が夢に現れた。情けない夢見に、竹谷は仰向けに寝たまま、再び顔を覆った。
「ここまでか俺って……」
竹谷は雨彦のことが好きだ。人として、忍びのたまごの先輩として、誰よりも。
血気盛んな自分には無い淡々とした面持ちや、こちらが恥ずかしくなるほど裏の無い優しさ、ふとしたときに見せる愛嬌や気の抜けた表情、何もかもを竹谷は好きだ。
別に隠してもいないし、同級生の面々には「八左ヱ門も飼っている犬と同じと思われてるんじゃないか」なんて言われたこともある。とはいえ、夢にまで見るほどとは。
自分自身に呆然としてしまい、なんだかその気分に浸っていたくも感じたが、いつまでもそうしていることは出来ない。食堂に向かうために制服に着替え、私室の障子を開いた。
「おはよう」
「うわぁ!?」
長屋の廊下に踏み出したすぐ傍に、雨彦が立っていた。
完全に油断していた竹谷は、反射に従って驚嘆の声を上げる。それにしたって何の気配も感じなかった。
「相変わらず元気だな」
「雨彦先輩……!驚かさないでくださいよ!」
「最近は日中や放課後は顔を合わせにくいからな。朝だとそうでもないらしい」
「それは……そうですが」
驚きによって緊張した心が、一つ二つの会話でみるみる解けていくのが自分でも分かった。
ひと月以上も雨彦とまともに言葉を交わせなかったのは、恐らく初めてのことだ。自分よりやや高い背丈も、鋭いのに穏やかな眼差しも、心地よい低音も、大好きなのに遠ざけられてきた。
目の前に居る。竹谷は深く息を吐いた。
「何か御用ですか?態々長屋まで足を運ぶなんて」
学年の違う生徒の長屋に赴くなんてなかなか無いことだ。最上級生が後輩の所になんて尚のこと。急ぎの用があるならば例に漏れるだろうが、竹谷には思い当たるものが無かった。
強いて挙げるとするならば、委員会でトラブルが起きたのを共有しに来たなどが浮かぶが、そうであればもっと自分を急かすだろう。雨彦の様子を見るに、そもそも用事なんてもの自体抱えている風ではなかった。
雨彦は竹谷の問いに僅かに首を傾げて見せる。どうしてそんな事を聞くのかといった雰囲気だ。用事など無さそうだという竹谷の予想は当たっていたらしい。
「いや。お前の顔を見に来た」
「は?」
「遠目に見かけるだけだと妙な気分になったからな」
「……はあ……いえ、あの」
「うん……こう近くに立っていると、しっくり来る」
「ちょっ……先輩!!」
とうとう耐えきれなくなって、竹谷は雨彦の両肩を掴んで制止した。
雨彦は首を竦めてくつくつと笑う。思わせぶりにも程がある言葉選びは故意のものだったようだ。
「本当に、あなたは……俺を喜ばせるのが上手いですね」
「そうか。何よりだ」
揶揄うような形で口にしたものの、本心ではあるのだろう。そのくらいは分かる。分かってしまうから、困るのだ。
甘ったるいくらいの言葉が恥ずかしげもなく発せられるのだから、舞い上がりそうになるのを毎度必死に抑え込まなくてはいけない。雨彦と接するにあたって苦悩することがあるとするならそれだけだ。
いつまで経っても慣れない。手のひらの上で転がされているのと同じようなものなのに、少しも嫌な思いにならないのはどうしてだろうか。
天女に呼び出されて欠伸が出るような時間を過ごすより、雨彦と面倒事を共に片付ける方が余程楽しい。今の状況になる前の、当たり前に雨彦と共に過ごせた頃が猛烈に恋しくなった。
「……先輩」
雨彦の目を見る。そうすると真っ直ぐ返してくれることを、竹谷は知っている。
「お帰りなさい、先輩」
「……ああ。今戻った、竹谷」
生物委員会で飼育している鷹を運動や訓練のために飛ばす時の軌道だ。綺麗に旋回を続けていたかと思うと、降下して姿が見えなくなった。
犬や鷹を直接使役できるのは、生物委員会の上級生だけだ。ある程度調教を済ませた個体は他の生徒や先生たちの指示にも従うが、そもそも使役には生物委員会の許可が必要である。
竹谷は、委員会活動の真っ最中であるはずのこの時間、天女に呼び出されて無為な時間を潰すことを強要されていた。
自分がここに居るということは、あの鷹を飛ばせるのは一人しか居ない。
狗山雨彦。竹谷が敬愛してやまない、同委員会の先輩だ。竹谷は学園生活の中で、誰よりも雨彦に世話になってきた。
彼に良き後輩として認められていると実感したとき、えも言われぬ心地にさせられる。あと少しで自分は最上級生になろうとしているのに、みっともないまでにこの人に肯定されたい、愛でられたいなどと考えてしまうのだ。
しかしそれも、天女のおかげで長いこと叶っていない。
帰ってきた雨彦にまともに挨拶すら出来ていなかった。いの一番に彼を出迎えたかったのに、学園に生じたゴタゴタのせいでその権利が誰に渡ったのかも分からない。
竹谷は深く溜息をつき、落胆に自分の顔を手で覆った。
ーーという、夢を見た。
いや、実際には現実だ。現実が夢に現れた。情けない夢見に、竹谷は仰向けに寝たまま、再び顔を覆った。
「ここまでか俺って……」
竹谷は雨彦のことが好きだ。人として、忍びのたまごの先輩として、誰よりも。
血気盛んな自分には無い淡々とした面持ちや、こちらが恥ずかしくなるほど裏の無い優しさ、ふとしたときに見せる愛嬌や気の抜けた表情、何もかもを竹谷は好きだ。
別に隠してもいないし、同級生の面々には「八左ヱ門も飼っている犬と同じと思われてるんじゃないか」なんて言われたこともある。とはいえ、夢にまで見るほどとは。
自分自身に呆然としてしまい、なんだかその気分に浸っていたくも感じたが、いつまでもそうしていることは出来ない。食堂に向かうために制服に着替え、私室の障子を開いた。
「おはよう」
「うわぁ!?」
長屋の廊下に踏み出したすぐ傍に、雨彦が立っていた。
完全に油断していた竹谷は、反射に従って驚嘆の声を上げる。それにしたって何の気配も感じなかった。
「相変わらず元気だな」
「雨彦先輩……!驚かさないでくださいよ!」
「最近は日中や放課後は顔を合わせにくいからな。朝だとそうでもないらしい」
「それは……そうですが」
驚きによって緊張した心が、一つ二つの会話でみるみる解けていくのが自分でも分かった。
ひと月以上も雨彦とまともに言葉を交わせなかったのは、恐らく初めてのことだ。自分よりやや高い背丈も、鋭いのに穏やかな眼差しも、心地よい低音も、大好きなのに遠ざけられてきた。
目の前に居る。竹谷は深く息を吐いた。
「何か御用ですか?態々長屋まで足を運ぶなんて」
学年の違う生徒の長屋に赴くなんてなかなか無いことだ。最上級生が後輩の所になんて尚のこと。急ぎの用があるならば例に漏れるだろうが、竹谷には思い当たるものが無かった。
強いて挙げるとするならば、委員会でトラブルが起きたのを共有しに来たなどが浮かぶが、そうであればもっと自分を急かすだろう。雨彦の様子を見るに、そもそも用事なんてもの自体抱えている風ではなかった。
雨彦は竹谷の問いに僅かに首を傾げて見せる。どうしてそんな事を聞くのかといった雰囲気だ。用事など無さそうだという竹谷の予想は当たっていたらしい。
「いや。お前の顔を見に来た」
「は?」
「遠目に見かけるだけだと妙な気分になったからな」
「……はあ……いえ、あの」
「うん……こう近くに立っていると、しっくり来る」
「ちょっ……先輩!!」
とうとう耐えきれなくなって、竹谷は雨彦の両肩を掴んで制止した。
雨彦は首を竦めてくつくつと笑う。思わせぶりにも程がある言葉選びは故意のものだったようだ。
「本当に、あなたは……俺を喜ばせるのが上手いですね」
「そうか。何よりだ」
揶揄うような形で口にしたものの、本心ではあるのだろう。そのくらいは分かる。分かってしまうから、困るのだ。
甘ったるいくらいの言葉が恥ずかしげもなく発せられるのだから、舞い上がりそうになるのを毎度必死に抑え込まなくてはいけない。雨彦と接するにあたって苦悩することがあるとするならそれだけだ。
いつまで経っても慣れない。手のひらの上で転がされているのと同じようなものなのに、少しも嫌な思いにならないのはどうしてだろうか。
天女に呼び出されて欠伸が出るような時間を過ごすより、雨彦と面倒事を共に片付ける方が余程楽しい。今の状況になる前の、当たり前に雨彦と共に過ごせた頃が猛烈に恋しくなった。
「……先輩」
雨彦の目を見る。そうすると真っ直ぐ返してくれることを、竹谷は知っている。
「お帰りなさい、先輩」
「……ああ。今戻った、竹谷」